~高度成長からバブルを駆け抜け、さらなる未来へ~ 1980年~90年台にかけての日本経済のバブルが膨れ上がって破裂前後の頃の、筆者のドロドロの商社マン生活の実体験をベースに、小説化しました。 今も昔も変わらない営業マンの経験する予想を超えた苦楽物語を、特に若手営業マンに対して捧げる応援メッセージとして書きました。
淡々と説明を進める関の顔を見つめながら、宮田は
本当にイランに行くんだ、というより行かされるんだと
覚悟を決めていった。
< ほんまに、イランに行くんや。 俺って・・・ >
「宮田よ。現地のテヘラン支店長である永井さんから
テレックスが入っている。
今回東京から来る出張者、つまりお前に持ってきてもら
いたいものがあるらしい。
内容をよく読んでできるだけ持って行って差しあげろ。
何せ現地は戦時状態の上に、中東でももっとも厳しい
イスラムの戒律を守っている国家のひとつだからな。
そんな国での駐在生活というのは色々不自由があるもん
だ」
宮田は、出張を翌週末に控えた土曜日、京浜東北線
大井町にある独身寮の近くにあるスーパーの日本酒
売り場で、幾つかの日本酒を手にとって見比べながら
悩んでいた。
大日本商事テヘラン支店長永井から関へのの御願いは
こうであった。
「KIHO KARANO SHUCCHOUSHA NI ONEGAI ARI Z
NIHONNSHU WO ONE DOZEN JISAN SARETASHI Z
TSUKAN NIHA JYUUBUN CHUUI SARETASHI Z
YORO ONEGAI SHIMASU Z KOOUN WO INORU」
Tehran Nagai
要は
「入国審査に十分注意して日本酒を1ダース持ってきて
欲しいのでよろしく」
という御願いであった。
宮田はイスラム圏の国にアルコールを持ち込むという
ことで一瞬嫌な予感がしたが、店長自らの御願いでも
あり、何とかしようとして、できるだけ外見が日本酒に
見えないものをデパートで探していたのであった。
このことが後でどれほどの災難に発展するかも全く知ら
ずにいた宮田であった。
当時、日本酒は、昔からの一升瓶に取って代わり、紙パック
スタイルのものが世の中に出回りだしていた。
「紙パックだったら、わからないだろう」
そう考えた宮田は、紙パックスタイルの日本酒で、(田万)
という有名なブランド銘柄を何と12本も購入して、寮の部
屋で一本ずつていねいに紙で包み、さらにそれを白いタオル
でくるんで、海外出張用のスーツケースの一番下にずらりと
並べて、さらに全体をバスタオルで隠すようにして詰めた。
次回へ続く
続きは会員限定です。無料の読者会員に登録すると続きをお読みいただけます。
- 会員登録 (無料)
- ログインはこちら
商社マン しんちゃん。 走る!
2009.08.10
2009.07.22
2009.07.04
2009.07.01
2009.06.29
2009.06.25
2009.06.20
2009.06.18
2009.06.16