この連載を書いてきた中で、一番誤解されやすい言葉がある。 「OJTが回れば研修はいらない。」 この言葉を初めて聞く人は、おそらく驚くだろう。 教育担当者が「研修はいらない」と言うのだから当然である。 しかし、この言葉ほど私の人材育成に対する考え方を表しているものはない。
【連載】人を育てるという仕事
― 2014年の取材記事から、人材育成の本質を考える ―
第7章
「OJTが回れば研修はいらない」の真意
この連載を書いてきた中で、一番誤解されやすい言葉がある。
「OJTが回れば研修はいらない。」
この言葉を初めて聞く人は、おそらく驚くだろう。
教育担当者が「研修はいらない」と言うのだから当然である。
しかし、この言葉ほど私の人材育成に対する考え方を表しているものはない。
今日は、その真意をお話ししたい。
私は決して、研修を否定しているわけではない。
30年以上、人材育成に携わってきた人間が、研修を否定するはずがない。
むしろ私は、研修の価値を誰よりも信じてきた。
だからこそ、あえてこう言うのである。
研修は、人を育てる「主役」ではない。
主役は、現場である。
人は、研修室では変われない。
研修で新しい知識を得ることはできる。
新しい考え方を知ることもできる。
仲間から刺激を受けることもできる。
しかし、それだけでは人は成長しない。
本当に成長するのは、職場へ戻った翌日からである。
教わったことを試してみる。
失敗する。
先輩に相談する。
もう一度挑戦する。
その繰り返しが、人を育てる。
だから私は、
人は現場で育つ。
という考え方を持ち続けてきた。
では、研修は何のためにあるのか。
私はいつもこう考えていた。
研修とは、「現場で挑戦する勇気」を持ち帰る場所である。
知識を持ち帰るだけではない。
資料を持ち帰るだけでもない。
「明日からやってみよう。」
そう思えるきっかけを持ち帰ることが、研修の役割なのである。
だから私は、研修が終わるときに一番気にしていたのは、
受講者が何を覚えたかではなかった。
明日、何を始めるか。
そこだった。
OJTという言葉は、「仕事を通じた教育」と訳されることが多い。
しかし、私はもう少し広い意味で捉えている。
OJTとは、
仕事を通じて、人が育つ文化
そのものだと思っている。
上司が部下を見る。
先輩が後輩を支える。
困ったときに相談できる。
挑戦しても責められない。
失敗から学べる。
そんな職場であれば、人は自然と育っていく。
もし、その状態が実現できるのであれば、
教育部門が毎月研修を開催しなくても、人は成長する。
だから私は、
「OJTが回れば研修はいらない」
と話してきたのである。
もちろん、現実はそう簡単ではない。
忙しくて教える時間がない。
管理職もプレーヤーとして手いっぱい。
若手を育てる余裕がない。
だから企業は研修を行う。
私は、それを否定するつもりはない。
しかし忘れてはいけないことがある。
研修は、
OJTの代わり
ではない。
OJTを支える存在なのである。
研修が現場を補完し、
現場が研修を生かす。
その両輪がそろって初めて、人材育成は機能する。
2014年の『人材教育』の記事でも、私は
人を育てるという仕事― 2014年の取材記事から、人材育成の本質を考える ―
人材育成コンサルタント、シニアインストラクター
● 人材育成、DX・IT、コンサル、マーケの経験を踏まえて、人材教育の新たなアプローチを探求中 明大法なのに齋藤孝ゼミ🤣 教免3種ホルダー イノベーション融合学会専務理事 教育研究家、モノカキの時は、「富士 翔大郎」と言います。天才トム・ショルツの「BOSTON」と「マニュアル車」「海外ドラマ」をこよなく愛する静岡県民
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