情報産業と資本脆弱化

2025.12.28

経営・マネジメント

情報産業と資本脆弱化

純丘曜彰 教授博士
大阪芸術大学 哲学教授

/情報産業は、コストをかけて入手したものが、資産にならない。一方、調味料でも、日用品でも、日々の努力改善に累積がある、ロングタームの価値創造、顧客や社会に長く愛されるレゾンデートル。いまのさらに次を見通す目を持つことが経営者の責任だろう。/

 バブルの時代、情報産業の先駆ともいえる某企業がマンション事業に乗り出した。それは工場跡地の再開発を主軸とし、当時、第二次産業から第三次産業への主役交代、と理解された。しかし、平面工場と高層マンションでは容積率があまりに違う。この変更を政治家や官僚に要請し、その働きかけが贈賄事件となった。

 しかし、その背景には、もっと危機的な経営問題があった。情報は、その収集に莫大なコストがかかる。ところが、情報は、いわば日配品の生もので、腐る足が早い。企業規模、資産総額、そして売上高は急成長して膨れ上がり続けているのに、この企業には固定資産がほとんど無かった。つまり、情報産業は、コストをかけて入手したものが、資産にならない。それで、結局、むしろ先祖返りとして、泥臭い建設事業で足下を固める必要があったのだ。

 以後のIT化、雄を馳せた巨大企業の興亡を見ていても、わかるだろう。生々しい話だと差し障りがあるので、学問の世界で話せば、かつて辞典を作成するには、とてつもない数の研究者たちが各地に赴き、多くの人々から聞き取りを行い、図書館中の書物から言葉を書き抜いて、万巻のカードを作り、その項目のひとつひとつを編集委員たちが集まって検討して原稿を整理した。しかし、書式を決め、一般の人々から郵便で募集するようになると、言葉集めは一気に進んだ。ましていまやネット検索で、一般の人々の生の使い方を直接に瞬時に収集できる。

 つまり、情報産業は、その情報収集のシステムに依拠している。しかし、それは、小さなきっかけで、劇的なパラダイム転換を起こす。そうなると、それまでに収集した情報の精度が疑わしくなり、結局、新システムですべてやりなおすことになる。おまけに、上述のように、情報には鮮度があり、その新システムにおいても、日々、更新し続けていかなければならない。逆に言うと、情報そのものの寿命が短かくなり、瞬発的に稼げるのでなければ、その価値そのものさえ怪しくなってきた。

 このことは、サブカルチャーでよくわかる。レコードの時代は、ヒット曲がラジオやテレビで浸透するのに数ヶ月はかかり、また、すくなくとも半年は売れた。ところが、いまや、バスるのも一瞬、廃れるのも明日。マンガも、週刊誌連載で数日、単行本になっても一刷数巻、それでも深夜アニメ化され、それきり連載も打ち切られて、数週間後には、そんな作品があったことすら、世間には知られないまま消えていく。昨今は、ブランドはもちろん、飲食店もサブカル化し、わっと話題になるが、半年と人気は続かず消えていく。かろうじてタレントの類いは、いまだに事務所とテレビの結託で、いったんは売れたという連中の同窓会を延々とやっているが、そんなアンヴァリッドのようなテレビの方の鮮度が落ちて、もはやその弔問客も高齢同世代ばかり。

 いわば、サメだ。肺が無いから、つねに泳ぎ続けて、エラに新たな水を送り込まなければならない。ところが、テレビ業界を見ればわかるとおり、人間は固着し、沈殿し、滞留する。それが鮮度を落とす。それは、メディア関連だけでなく、自動車業界や家電業界も同じ。だから、中高年リストラだ、国際人材採用だ、などといっている経営者がいちばん老朽化し、その自重で、会社に新人が集まらない。やたら資金調達して、コストをかけ、むりに人材を集めたところで、その新人もすぐ陳腐化してしまい、新鮮さの資産化はできない。ブランドとしての「のれん(グッドウィル、好感度)」も、バカ売れしたロボット掃除機会社が破綻したように、資産力は無い。

 資産、というのは、文字どおり、価値を生み出す源泉だ。資金調達によって、それを資本として価値創造に挑むのが企業。ところが、鮮度が命の情報産業は、いくらコストをかけても、資産にならない。集めた資本、かけたコストは、情報の自滅陳腐化で、あじゃ、ぱぁ、と、どこかへ消える。それでまた、資本を集め、情報に注ぎ込む。そうしないと、競争から脱落してしまう。それは無間地獄。休むことが許されない。とりあえずはうまくいっているかのように見えても、ある日、突然のパラダイム転換で、これまでのすべての努力もムダになる。

 工場跡地をマンションに、などという産業社会の構造変革まで意識した、大きすぎる絵図にはムリがあったとはいえ、いまさらながら、某情報産業の経営戦略転換は、大筋ではまっとうな方向性だったのではないか。調味料でも、日用品でも、日々の努力改善に累積がある。それは、上っ面の人気流行を追うのとは違う、ロングタームの価値創造。自社を盤石にするだけでなく、顧客や社会に長く愛されるレゾンデートル。明日にも夜逃げしそうなハッタリ実業家たちとは一線を画して、いまのさらに次を見通す目を持つことが経営者の責任だろう。

純丘曜彰(すみおかてるあき)大阪芸術大学教授(哲学)/美術博士(東京藝術大学)、東京大学卒(インター&文学部哲学科)、元ドイツマインツ大学客員教授(メディア学)、元東海大学総合経営学部准教授、元テレビ朝日報道局ブレーン。

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純丘曜彰 教授博士

大阪芸術大学 哲学教授

美術博士(東京藝大)、文学修士(東大)。東大卒。テレビ朝日ブレーン として『朝まで生テレビ!』を立ち上げ、東海大学総合経営学部准教授、グーテンベルク大学メディア学部客員教授などを経て現職。

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