「人並み」が身を滅ぼす

2023.10.16

ライフ・ソーシャル

「人並み」が身を滅ぼす

純丘曜彰 教授博士
大阪芸術大学 哲学教授

/人は人、自分は自分。身の程を弁え、せめてただ自分が望みうる最善を得られるようにこそ、最大の努力をしよう。そうでないと、そんなささやかな幸せすら手に入らず、いずれ、辛く寂しく貧しい、空っぽの人生だけが待っている。/

あちこち出かけたり食べ歩いたりしているのは、あれは特別な人たち。タダで饗応されているか、番組がカネを出している。もしくは、会社の経費で落として税金逃れ。まともに働いている人があんな「贅沢」をしていたら、後でたいへんなことになる。

いちばん危ないのが、愚かな若者だ。「相対的貧困」などという言葉に踊らされ、巨額の奨学金を借りたり、リボ払いで目先の返済を逃れたり。だが、根本的な問題は、使いすぎだ。ろくに収入も無いのに、親が金持ちでもないのに、都会に出てきて、見栄を張って、私だって人並みに、などと、テレビやネットでだれかが自慢しているのと同じことしたら、いくらカネがあっても、足りるわけがあるまい。

勤め人でも同じ。まして先々の安定も無い非正規が、テーマパークだの、海外旅行だの、行かれると思う方が、どうかしている。そういうのは、自営業でアブク銭を稼いでいる連中の娯楽で、きみのものではない。家を買うのも、親がたんまり頭金を出してくれればこそ。団塊世帯の売り逃げでムダに高騰している今の土地価格では、フルローンだと、退職金全額を注ぎ込んでも、絶対に足らず、老後資金が枯渇して破綻するだけ。

そもそも旅行や外食がそんなに楽しいか。あちこち見せられたって、どのみち自分の街ではない。外食も、安いところはシロウトバイトが温め直すだけのレトルト。高級なところにしても、そんなに人間、多くを食べられるものでもなく、脂肪や塩分、糖分、プリン体その他、そうそう体の方が耐えられない。

それより、たいしたものはなくても、家族団欒。早く帰って、家族が待っていて、きょう一日のできごとを話し、心安らかに眠れれば、それ以上に、人はなにを望めるのか。もちろん、そんな「当たり前のしあわせ」こそ、じつはもっとも手に入りにくい。手に入れても、保つのは容易ではない。ただ言えるのは、それを手に入れるのは、本人の並々ならぬ努力だ、ということ。なのに、ひとりで遊びに出かけ、うろうろ食べ歩いてムダガネを使い果たしていたら、いよいよ縁遠くなり、壊れやすくなる。

人並み、というのは、テレビやネットで人に見せびらかされているものではない。むしろ、自分の幸せなんて、無意味に人にうらやましがられても面倒だから、まともな人は、他人に話したりしないし、たとえ写真や動画に残しても、他人に見せたりしない。子どもたちは育ち、自分たちは老いる。おまけに、それは、山あり、谷あり。だから、それは、きっと他の家、他の人とは違う。でも、違ったからと言って、自分たちが別様でありうるものでもない。

人は人、自分は自分。身の程を弁え、せめてただ自分が望みうる最善を得られるようにこそ、最大の努力をしよう。そうでないと、そんなささやかな幸せすら手に入らず、いずれ、辛く寂しく貧しい、空っぽの人生だけが待っている。

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純丘曜彰 教授博士

大阪芸術大学 哲学教授

美術博士(東京藝大)、文学修士(東大)。東大卒。テレビ朝日ブレーン として『朝まで生テレビ!』を立ち上げ、東海大学総合経営学部准教授、グーテンベルク大学メディア学部客員教授などを経て現職。

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