問題と感情を切り離すことが難しいのならば、怒った人に対してどうずればいいのだろうか。 取るべきアプローチとは。
問題と感情を切り離すことが難しいのならば、どのようなアプローチがいいのだろうか。
自分の抱える問題にしろ、相手が抱える問題にしろ、感情の問題を置いといて、問題を解決することなどありえないことは、誰でも経験していることだと思う。
もちろん、問題起こると粘り強く日参し、相手が納得するまで粘って謝罪し、最後は相手から「しょうがないな、次頑張れ」と言われ涙する的な昭和チックなやり方しかないと言われる先輩方々もいらっしゃるとは思うが、根本的な解決策になるとは思いにくい。
ビジネスにおける問題というのは、相手の期待することにこちらが対応できなかったとき、相手の期待するクオリティに届かなかったときに起こる。「言った通りになっていない!」と怒るわけだ。
ということは、怒りが収まるというのは、期待値に沿うことが必要なわけで、つまり、「①こちらのアウトプットは多少向上したとしても、相手の要求レベルを下げてもらうことで、期待値と提供物のレベルを合わせる」「②こちらのアウトプットをなんとかして相手の要求レベルに到達させる」「③予算かリソースを追加投入し、相手の要求レベルを超えるものを提供する」の3つとなる。
期待値に届かないことだけが原因とするなら、トップコンサルさんが言う、感情と問題を分けて考えましょう、はまっとうなアプローチだと言える。また、基本的に、相手を感情的にしない、怒らせないためには、自分自身の能力を高め、常に高いクオリティのアウトプットをするしかないことになる。確かに、よく怒られるのは能力の低い人という印象もある。
では、やはりそういうことかと言えば、それだけではない。逆に、能力がそれほどでもなく、そもそもアウトプットの期待も高くなければ、期待値とのギャップもそれほど大きくなく、「ああ、やっぱりな」と納得感は高いのが普通ではないか。(残念ながら評価が高まるわけではない)
むしろ、相手を感情的にする、怒りをあらわにされるというのは、本当はできる能力を持っているにもかかわらず、明らかな手抜き、アウトプットのごまかし、あとまわし、誠意のなさといった、その仕事に対する向き合い方、態度によるのではないか。
よく言われることだが、それまで蓄積された信頼関係があれば、多少の問題があっても、その信頼関係によって問題が問題ではなくなる。だから、結局は普段の信頼関係の深さが重要だという通説もある、確かにそうだろう。盤石な信頼関係があれば、多少の問題は問題にもならないだろう。しかし、その信頼関係というのは、お互いの仕事に対するニーズを理解しており、そのニーズの実現のためには全力を尽くすのがわかっているからこそ、相手を信じることができるという状態であって、信頼していた人が、ニーズを勝手に解釈し、自分の仕事に対して誠意のない不遜な態度をとってしまったら、表面に出す出さないは別にして、「裏切られた」という気持ちに近いものも生まれてしまうだろう。
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