人間は古来、営々と労働してきました。「労働」というものをどうとらえるか。これは人により、国により、時代によりさまざまです。労働は当初、生命維持のためにやらねばならない苦役という否定的な見方が主流でした。時代が進むにつれ、骨折りとしての労働は次第に多様なとらえ方をされはじめます。
個々の人間にとって、もはや仕事・事業は成功者になるための手段としておおいに称揚されるものとなります。特に希望の新大陸アメリカでは、「アメリカン・ドリーム」という立身出世の概念が人びとを経済的成功へと駆り立てました。
◆近代[2]~工場労働者の人間疎外問題
また、産業革命による大量生産技術と勃興する資本主義とが結びついて、一方に少数の資本家、他方に多数の賃金労働者が生まれたのも近代の特徴です。封建制度から解放された市民の多くは企業に雇われ、工場で働くことで生活を維持する存在になりました。
資本家から搾取され、機械のリズムに合わせて単調に反復する労働は、人間の疎外化をまねいているのではないか。労働に対する、新しい否定的な見方が社会全体に広がってくるのでした。
そんなころ、労働価値説を唱えたのがアダム・スミス(1723-1790年)です。スミスは国家の富の源泉は、貿易によって得た金銀などの財貨ではなく、国民の労働であると考えました。「労働を尺度にした価格こそが真の価格であり、通貨を尺度にした価格は名目上の価格にすぎない」(『国富論』)。
こうした労働価値説に大きく影響を受けたのが、カール・マルクス(1818-1883年)です。彼は、疎外化された労働や資本主義を超克した先に共産主義社会が現われるという一大理論を書き上げることになります。
またこの時代、手工業職人らの間では、ものづくりを一つの道として、製造物を作品として高めようとする精神が次第に醸成されていきます。
産業革命によって安価で粗悪な日用品が大量に製造される中、イギリスの工芸家ウィリアム・モリス(1834-1896年)は、芸術と工芸を融合させる「アーツ・アンド・クラフツ運動」を主導しました。
モリスは『ユートピアだより』の中で「仕事そのものの中に自覚された感覚的な喜びがあるからです。つまり、芸術家として仕事をしているのですね」と書いています。職人の仕事はもはや苦役的な〈labor:労働〉などではなく、自負を伴った〈work:作品づくり〉であることを主張しています。
◆現代~多様化する個々の労働観
第二次世界大戦後の先進諸国において、労働者の多くは、企業や官庁など組織に雇われるサラリーパーソンになっていきます。
彼らの就労意識は、「悪くない給料とまずまずの年金、そして自分と限りなくよく似た人達の住む快適な地域社会に、そこそこの家を与えてくれる仕事に就こうとする」(ウィリアム・H. ホワイト『組織の中の人間-オーガニゼーション・マン』1956年)ものとなります。
次のページ◆ポスト現代~食うための労働から解放されても人は働くか?
続きは会員限定です。無料の読者会員に登録すると続きをお読みいただけます。
- 会員登録 (無料)
- ログインはこちら
関連記事
2009.02.10
2015.01.26
キャリア・ポートレート コンサルティング 代表
人財教育コンサルタント・概念工作家。 『プロフェッショナルシップ研修』(一個のプロとしての意識基盤をつくる教育プログラム)はじめ「コンセプチュアル思考研修」、管理職研修、キャリア開発研修などのジャンルで企業内研修を行なう。「働くこと・仕事」の本質をつかむ哲学的なアプローチを志向している。