/産業革命は、実際に機械を作るために必要な規格品互換ネジが大量生産されてこそ始まった。それで、ネジは「産業の塩」と呼ばれるが、長年の惰性や、材質の勉強不足、製造や修理の途中の工程に対する理解不足で、いま、かえってトラブルの元凶となってしまっている。/
産業革命を実現したのは、水力でも、蒸気でもない。ネジだ。機械は、頭の中でなら、なんとでもできる。だが、実際にそれを作るには、部品と部品をつなぐネジが不可欠。1800年、ロンドンの機械職人モーズリーがネジ切り旋盤を開発。これによって、互換性のある規格品としてのボルトとナットが大量生産され、こうして、実際にさまざまな機械が組み立てられるようになって、現実の産業革命を引き起こすことができた。
車一台二万本。トースターやパソコンから橋梁、原発まで、ネジだらけ。ネジがなければ、始まらない。それで、ネジは「産業の塩」と呼ばれる。しかし、あまりに当たり前になっていて、ムダ遣い、デタラメ遣いも多い。
まず、ほんとうにそのネジは必要か? 1本を締めるのに、ネジを取って、ネジ穴か、ドライバーの先端につけ、これを適切なところまで、適切なトルク(強さ)で、締め上げなけばならない。手間は、コストだ。フレームの片側を引っかけにすれば、ネジは反対側だけで済む。これで、手間は減るし、強度も上がる。
つぎに、ほんとうにそのネジは適切か? たとえば、2つハンドルの洗面蛇口。樹脂のハンドルは、スピンドルの溝にはまっている。そして、そのハンドルをスピンドルに取り付けしているネジ。ハンドルを上に引き抜く力がかかることは、まずありえない。にもかかわらず、このネジの長さが、ムダに24ミリもあるのだ。図面を書いたやつがバカで、現場のことをなにも考えていなかったとしか思えない。ムダに長ければ、締めるのも、緩めるのも、ムダに手間がかかる。おまけに、折れたり、固着したり、トラブルの元凶。
そして、ほんとうにそのネジで大丈夫か? 最近、うちの木のイスのネジが折れた。折れた頭を抜くのに、ものすごい手間がかかった。材質は、なんとステンレス。これも、企画したやつがバカ。ステンレスは、たしかに直接には鉄より固いが、粘りがない、膨張する、ウケと材質が違うと、ステンレスでもネジは意外に半端に錆びて自滅的に折れる、等の問題もある。どうしてもぐらつきをくらわざるをえないイスなら、素朴な鉄ネジの方が始末がよかったはず。だから、強度と耐久性とのかねあいで、木工や住宅などでは、あえて表面が錆びる鉄釘を使うことも多い。
2012年の笹子トンネル天井板落下事故も、1本だけのボルトを真上向きに接着剤で止めてあるだけ、などという杜撰な設計ミスが最大の原因。現場では、こんなんでいいのか、と思っても、図面通りにやるのが仕事。本社に余計なことを言ういとまも無い。だが、設計の方にしても、長年の惰性で、昔からの規格がなんとなく引き継がれていたり、材質の勉強不足のままにデタラメな図面を起こしたり、実際の製造や修理の途中の工程を考えずに、出来上がりだけが立派な絵図を引いたり。
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2009.10.27
2008.09.26
大阪芸術大学 哲学教授
美術博士(東京藝大)、文学修士(東大)。東大卒。テレビ朝日ブレーン として『朝まで生テレビ!』を立ち上げ、東海大学総合経営学部准教授、グーテンベルク大学メディア学部客員教授などを経て現職。