とんでもない本が出た。その名も『〆切本』。表紙カバーには「どうしても書けぬ。あやまりに文藝春秋社へ行く。」「拝啓 〆切に遅れそうです」などと記されている。〆切を守れない作家の言い訳が集められた一冊。すなわち、仕事をするすべての人(=〆切を抱えている人)にとってバイブルとなる一冊である。
〆切のない仕事はあるのか
筆者は作家ではない。しがないライターであり、最近ではブックライターと呼ばれる職種にも関わっている。早い話が、どなたかにお話を伺い、それを文章に仕立ててお代をいただく。そんな仕事である。
こういう仕事には、必ず〆切がある。極端な話、ある日の夕方に取材をして「明日の昼までにほしいんだけど」と言われることもある。「それはいくらなんでも」と言えるかどうかは、相手との力関係だったり、自分の腹の据わり具合に関わる問題なのだろう。気の弱い私は、そう言われても「何とかがんばります」としか言えない。
もちろん、〆切があるのは、書く仕事に限った話ではない。おそらく、ありとあらゆる仕事は、それが「仕事」である限り、〆切がついて回るはず。ただ、仕事の種類や内容により、〆切の厳しさ(あるいは緩さ)に違いが出てくるのだろう。
本書は、基本的に〆切を守れない時の作家の言い訳を主としながらも、それだけにとどまらず、〆切を巡る作家と編集者のせめぎあいとも言える文章で構成されている。人が〆切について、どのように考えているのか。〆切のある仕事を抱える方にとって、一読の価値はあるはずだ。
人はどのように言い訳を並べるのか
本書には、ざっと90本の小文が集められている。第一章「書けぬ、どうしても書けぬ」は、〆切を守れない作家の脳みその中を教えてくれる。ここは基本的に言い訳集。よく、そんな言い逃れを思いつくものだ、さすがは小説家だと思わせる弁明と言うか、自己正当化と言うべきか。そんな文章のオンパレードだ。
ひょっとすると、仕事をされている方にとっては、上司や得意先に対する申し開きに使えるフレーズが見つかるかもしれない。筆者も昔、どうにも〆切が守れなくなった時に、すでに亡くなっていた祖父に何回か危篤になってもらったことがある。実際、これなどはよく使われる手のようだ。
「気に入らないんだ。書きなおしたい」「不甲斐ないことに、いつまでたっても情熱が起こりません」といったものから果ては「殺してください」と物騒なものまで。よくぞ人は、ここまでバラエティ豊かな言い訳を思いつくものだと感心する。というか、言い訳一つにも作家は創造力を発揮する人種と言うべきなのかもしれない。
〆切を守る人を見習う
ただし、すべての作家が〆切を守れない(守らない)かというと、決してそんなことはない。まず、村上春樹さんである。彼は「締め切りは大体ちゃんと守るし、字はとびっきり読みやすい。だから締め切りに遅れがちな作家や悪筆の作家についての愚痴なんかは他人事として笑って聞き流せる」(同書、P241)そうだ。そうなんだろうなと納得する。
関連記事
2015.07.17
2009.10.31