とんでもない本が出た。その名も『〆切本』。表紙カバーには「どうしても書けぬ。あやまりに文藝春秋社へ行く。」「拝啓 〆切に遅れそうです」などと記されている。〆切を守れない作家の言い訳が集められた一冊。すなわち、仕事をするすべての人(=〆切を抱えている人)にとってバイブルとなる一冊である。
あるいは「早くてすみませんが……」と題した吉村昭のコラムでは「私はこれまで締切り日を守らなかったことは一度もない。と言うよりは、締切り日前に必ず書き上げ、編集者に渡すのを常としている」(同書、P258)と書かれている。そして、早く書き上げた原稿をファックスで送る際に「早くてすみませんが……」と書き添えるのだ。
さらに異色の作家(なぜ、こう呼ぶのかは、ぜひ『作家の収支』をお読みいただきたい)森博嗣先生は「何故、締切にルーズなのか」と題して、極めて合理的な提案をされている。すなわち「締切に間に合ったら、一割多く原稿料を払う、遅れたら、原稿料を減額する、という契約にしたらどうですか?」(同書、P273)。もちろん、森先生は締切を必ず守る。
また「寺田寅彦は、原稿を頼まれて承知すると、すぐ、だいたいのところを書いてしまったそうである」(同書、P280)ともある。参考にしたいと思うが、才能の問題なのかもしれない。
〆切との向き合い方
個人的には、横光利一の次の一文が刺さった。「実際、一つのセンテンスにうっかり二つの「て」切れが続いても、誰でも作家は後で皮を斬られたやうな痛さを感じるものである」(同書、P053)。だから横光利一は「私は小説を書くときは締め切り一週間前に出来上がってゐないと出す気がしない」(同書、P54)。そこまでこだわるべきなのだ。
へっぽこライターとしては、この言葉こそが、〆切の究極の価値を露わにしていると思った。すなわち、まず〆切がないと、人は基本的に怠け者だから仕事などしない。だから、〆切は絶対に必要なものなのだ。
では、〆切と、どのように向き合うべきなのか。〆切とは、ぎりぎりでもなんでも、とにかく間に合わせれば良いというものではない。〆切は、自分で納得の行くものを仕上げるための伴侶みたいな存在である。こいつが尻を叩いてくれるからがんばれるのだ。何のためにがんばってゴールを目指すのかと言えば、自分の仕事を待ってくれている誰かのためではないか。そんな気づきを得た。
そして、この『〆切本』こそは、最高のペンシャープナーにもなると思った。毎朝、仕事をする前に、適当に本を開いて、誰かの苦し紛れの言い訳を読む。すると、こんな言い逃れをしないように、「さあ、書こう」という気分にさせてくれるではないか。おススメである。
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2015.07.17
2009.10.31