/高度経済成長とともに、日本のサラリーマンの理想像として、「武士道」を語るビジネス書や自己啓発書が大量に粗製乱造されるところとなった。そのほとんどすべてが、自分の恣意的な思想を、時代劇の通俗イメージに仮託したものか、せいぜい新渡戸稲造『武士道』邦訳ないし極論の山本常朝『葉隠』を敷衍したものであって、史料的にも、文献学的にも、およそ学術考証に耐えるものではない。/
実際の武士は、生まれながらに武士であり、その役目も世襲。したがって、子供のころから肌身をもって武士のあるべき生き方を学んでおり、わざわざ在野の学者や、その文献から武士道を学ぶまでもない。そもそも、自らその倫理の中に暮らしている人々は、自分たちの生活を当然と認識しており、それ以外の生き方があるとも思わず、これを反省的に他者に語り出したりすることは、まず無い。
日本人による日本人のための英語の段階習得的教科書は、かならずしもネイティヴの英語の実態をそのままに写し取ったものではない。井上が武士道の基本文献としたものにおいても、これと同じ問題を生じてしまっている。それどころか、武士でもない著者たちは、ありもしない武士の理想像を掲げ、現実から遊離してしまったのではないか。
武士道:その神話と現実(3/3) http://www.insightnow.jp/article/9287 に続く
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2015.07.17
2009.10.31
大阪芸術大学 哲学教授
美術博士(東京藝大)、文学修士(東大)。東大卒。テレビ朝日ブレーン として『朝まで生テレビ!』を立ち上げ、東海大学総合経営学部准教授、グーテンベルク大学メディア学部客員教授などを経て現職。