ユーザー数250万人、導入企業数2万6000社。2007年9月遂にIBM「Lotus Notes」を抜いて国内グループウェアのシェアナンバーワンの座を勝ち取ったサイボウズ。創業時にはベンチャーキャピタルから「勝負にすらならない」とまともに相手をしてもらうことさえできなかったベンチャーは、わずか10年でIBM、マイクロソフトなどのビッグネームを打ち負かすまでに成長した。同社の奇跡的ともいえるサクセスストーリーの真相を青野社長に伺った。
■開発期間一人で三ヶ月
開発目標はブラウザーで動くグループウェア、機能はギリギリまで絞り込み、その代わりパソコンが苦手な人でも必ず迷わず使えるようなものとする。このアイデアを具体的なビジネスとするために青野氏は松下電工を辞めた。サイボウズ立ち上げメンバーは、一緒に電工を辞めた高須賀氏(初代社長)と大学時代の先輩・畑氏の三名だ。
「とりあえず家賃も安いし、故郷でもあるしということで松山で97年の夏に開業しました。とにかく一刻も早く製品を完成して発売したい。使いやすさを最優先して機能は徹底的に削ぎ落としていきましたから、秋には完成したんです」
いくら10年前とはいえわずか三ヶ月、信じられない短期間での開発である。しかも開発者はたった一人だ。
「だからバージョン1のカレンダーにはアクセス権という概念すら盛り込みませんでした」
となるとアカウントをもらっていない人でもURLさえわかれば、他人のスケジュールに勝手にアクセスして、中身を書き換えることができる。個人情報法保護法が厳しくいわれる今では、あり得ない話だ。ところが時の運がサイボウズの味方をした。
「当時は今とはまったく考え方が違ったんですね。そりゃお客さんの中には人にスケジュールを消されたらどうするんですかって心配する人もいました。けれど、お宅には人のスケジュールを書き換えるような社員がいらっしゃるのですかって反論するでしょ。すると、確かにそんな社員はいないよなって具合に話がまとまりましたから」
まだまだ大らかな時代だったのだ。しかし、こうした起業時の社会環境に上手く適合できるかどうかは、ベンチャー企業が飛躍するための極めて重要なポイントとなる。松山で産声を上げたサイボウズには、もう一つ、強力な追い風が吹いていた。
(第一回 勝算は最初からありました/全四回 - 次回へ続く)
第二回「ネット販売しか選択肢がなかったんです」
http://www.insightnow.jp/article/842
第三回「とにかく目立つこと」
http://www.insightnow.jp/article/868
最終回「和のソフト、サイボウズ」
http://www.insightnow.jp/article/888
『サイボウズ株式会社関連リンク』
・サイボウズ株式会社
http://cybozu.co.jp/
(インタビュー&構成 by竹林篤実)
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