音楽配信事業とよく似た構造を持つ市場でありながら、なかなか普及が進まない電子書籍事業。普及するためには何が大事なのか。電子書籍の妥当な価格や望ましい端末の姿、ファイル形式を検討し、電子書籍の未来を考える。 [森田徹,Business Media 誠]
(※2)デジタルハブ構想……ユーザーを取り巻くすべてのデジタル機器のハブとしてMacを位置付けることで、Macの販売台数を伸ばすという戦略のこと。
(※3)Apple Newton……Appleが市場撤退したPDA(個人用携帯情報端末)の名称。イメージとしては現在のiPhoneに近い。MacユーザーはApple Newtonの復活を待ち望んでいたので、当時普及していたRioなどのMP3プレイヤーの不便なイメージもあり、iPodのデビューはあまり歓迎されなかった。
現在の電子書籍市場をiPod登場当時のデジタル音楽の状況に照らし合わせてみても、それほど劣っているところは見当たらない。違法ファイルを推進するわけではないが、今日も有名巨大掲示板ではコミックやライトノベルをスキャンした画像詰めZIP/RARファイルがやりとりされているし、有名ファイル共有ソフトのハッシュデータベースで「一般コミック」を検索すると1年以内のものでも1万件以上、「一般小説」だとやや劣るがそれでも2500件ほどヒットする。イノベーターやアーリー・アダプターなどの先進的な人々は完成度の高い端末を心待ちにしていると言って良いだろう。
また合法流通のものでも、原理的にはRSSに対応したWebサイトならテキストだけを抜き出せるし、さらに膨大な量のPDF資産もある。ライブラリに入れるコンテンツには困らないはずなのだ(実際に電子書籍リーダーAmazon Kindleのユーザーの多くはPDFリーダーとしての能力を買っているはずだ)。
これほど良好な環境が揃っているのに、なぜソニーの「LIBRIe(リブリエ)」やパナソニックの「ΣBOOK(シグマブック)」は国内撤退の憂き目にあったのだろうか?
答えは技術的には簡単な話だ。どちらも、画像詰めZIP/RARファイルにも、PDFにも対応せず、さらに悪いことに現在のテキストの主流である青空文庫形式テキストファイルにも対応せず、BBeB形式やシグマブック形式などの独自形式に頼ったことだろう(パナソニックは後継機のWords GearでPDFと青空文庫形式に対応。しかし電子ペーパーではなく液晶ディスプレイを搭載したこともあり2400台しか売れなかった)。結局のところ ATRAC3での失敗、つまりはプロプライエタリの亡霊(※4)を振り切れなければキャズムは超えられないということだ。
(※4)プロプライエタリ規格とは、自社技術で構成された独自規格のこと。初期のネットワークウォークマンはATRAC3/ATRAC3plusという独自形式ファイルにしか対応せず、そのせいで全く売れなかった。独自規格がデファクトスタンダードになれば、ライセンス収入で大儲けできる。当時のソニーはMDでの甘い汁が忘れられなかったようだ。
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電子書籍はキャズムを超えられるか?――iPodに学ぶ普及への道
2009.04.09
2009.04.07