/近代企業という巨大な資本力、組織力、生産力が意味を失いつつある。こうなると、18世紀の資本主義や産業革命より前の、商品生産、市場販売、現金収入という経済生活に依存しない、個人や家族、村落単位での自給自足くらいしか、人々が幸せに暮らしていく方法は無いのかもしれない。/
仕事は断った方がいい。現に建設業界では、万博前からそうだった。受注したって、納期を守れそうにもない。それどころか、ヘタに契約すると、市場変化の荒波を喰らって、ただ損を丸かぶりするだけ。ちょっとやそっと賃金を上げでも、人手不足。素材も値上がり、それどころか、カントリーリスクだらけで、いつ入荷するかわからない。おまけに、苦労して仕事をやり遂げても、発注者が残金を払ってくれるのか、そもそも払えるのか、まったく当てにならない。
原油が無くなると、いよいよそうだ。いくらいまわずかに素材在庫があっても、その次にいつ手に入るかわからない。安い仕事を請け負って、素材を使い果たしたのでは、もっといい仕事の機会を損出する。そうでなくても、人件費や素材費の高騰で、仕事を受ければ受けるほど、ただ損出を出す経営リスクを高めるだけ。もう受注を控えて休業し、しばらく様子見をしたほうが、はるかにまし。
18世紀に資本主義と産業革命が起こって以来、とにかく生産設備に投資して、その規模効果で単価を下げ、大量販売で資金回収をやってきた。近代化で世界に需要はあったし、それが不足しても、帝国主義と販売競争で他国他社の途上市場を奪取して、大国は成長を続けてきた。その最たるモノが石油。この百年、狂気じみた国際的な量産体制で価格を湯水のように下げ、工業製品はもちろん、電気やガスなどのエネルギー、自動車や電気などの生活消費財まで、世界の津々浦々を潤してきた。
しかし、それが途絶えるとなると、すべてが逆回転し始める。いくら契約なんかしたって、納期も支払も、おたがいに信用できない。生産や入金が追いつかないのだから、これまで企業活動の過半を占てきた営業が、無意味、不要になる。後払いが当てにならないから、どこも運転資金が廻らなくなる。おたがいに信用が無いから、現物と現金と、目の前で双方が同時に揃わないと、仕事の話ができない。
たしかに、こんな状況でも株価は上がっている。しかし、それは、いま多少の運転資金に余裕がある会社や個人が、素材入手の当てが立つまで、余剰をすこしでも運用して増やそうという浅はかな考えだろう。ファンダメンタルから見て、いくら素材高騰で通貨価値が下がっても、素材そのものが途絶えれば、大量生産がベースの上場企業がそれほどの利回りの収益を出せる見込みは、もはや立たない。
むしろ、今後、手持ち現金の資金流動性の方が重要になる。運よく素材が買えるとき、それから株式を売却換金したのでは、チャンスを逃すからだ。もちろん素材が高騰するから、現金の価値は下がる。しかし、当てにならない、そうでなくても遅延や割引の金利分を損する後払いなんかで売ってくれる、売れる余裕のあるところは無い。
働いたら負け。いよいよそれがシャレにならなくなってきた。企業内での微温世襲や出世競争でボンクラポンコツの経営者たちが巨大組織のてっぺんに登っても、もはや足下が崩れてきている。企業活動として従業員たちの仕事と生活を支えられない以上、人望も求心力も失われ、内部対立で紛糾瓦解していく。いや、そもそも近代企業という巨大な資本力、組織力、生産力が意味を失いつつある。
こうなると、18世紀の資本主義や産業革命より前の、商品生産、市場販売、現金収入という経済生活に依存しない、個人や家族、村落単位での自給自足くらいしか、人々が幸せに暮らしていく方法は無いのかもしれない。
純丘曜彰(すみおかてるあき)大阪芸術大学教授(哲学)/美術博士(東京藝術大学)、東京大学卒(インター&文学部哲学科)、元ドイツマインツ大学客員教授(メディア学)、元東海大学総合経営学部准教授、元テレビ朝日報道局ブレーン。
経営
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大阪芸術大学 哲学教授
美術博士(東京藝大)、文学修士(東大)。東大卒。テレビ朝日ブレーン として『朝まで生テレビ!』を立ち上げ、東海大学総合経営学部准教授、グーテンベルク大学メディア学部客員教授などを経て現職。
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