大手企業を対象に義務化されている「人的資本経営」について、欧米からの伝授された人的資本経営ではなく、日本人にこそふさわしい人的資本の在り方を考えます
P/Lに影響を与える「3種の人材」
前回のコラムでは、人的資本経営の歴史、そして、金融庁によって有価証券報告書における情報開示が義務化されるまでの流れを紹介しました。
金融庁が法的に情報開示を促す一方で、東証は企業にコーポレートガバナンス・コードの策定を要請しているのですが、私が証券会社の出身であることから、ガバナンスコードを書いていた人から聞いた話があります。このガバナンスコードの改定もまた、「日本企業は情報開示を行い、人材育成に本気で取り組んでほしい」というアメリカの意向を強く受けているということでした。
この人材育成に関しては、企業が成長していくにあたっての条件とも言えることです。つまり、企業に投資する指標として、きちんとした経営戦略を考えられる取締役(経営を担う)人材はいるのか、予算と予実を狂わせないようにする顧客フロントはいるのかが問われているのです。
ここで言う顧客フロントとは、既存顧客に対応する営業担当を指します。日本の上場企業の多くは、既存顧客が収益を生むという構造を持っているため、どうしても既存顧客対応の営業担当が中心となり、重要な役割を担うことになります。しかし、企業の成長ベクトルを上げていくためには新規顧客の開拓が不可欠で、その多くを若手社員が担っています。
新規開拓というと営業を連想しがちですが、新たな商品やサービスを開発することも、新規開拓になります。世の中が求めるものを先読みして新製品を作っていく開発部門は、企業の成長に直結する存在であり、P/L(損益計算書)に深く関与するものです。
人的資本はB/S(貸借対照表)の単語として考えられていますが、情報開示が必要なのは、P/Lを改善し、長期的に収益を生む3種類の人材(経営戦略を構築する取締役人材、既存顧客対応の営業担当、新規開拓を担う営業担当または開発部門)、つまり、投資という側面から見て、この3種の人的資本を持つ会社が望ましいということです。
人的資本に関する書籍にこういったことは書かれていません。しかし、P/Lを良くする3種の人材という点を明確にせず、B/S的な論点ばかりだと、どうしても総花的になってしまいます。ウェルビーイング、サステナビリティ、ダイバーシティ、LGBTはどれも大切な視点ですが、それを直接的な要因として企業の時価総額が上がるかどうかを考えなければなりません。
例えば、「多様な働き方の環境整備」という表現もそうです。「多様な人材」といっても、それをどう定義かするのか曖昧です。僕はドラッカーを尊敬していますので、企業の活動とは顧客創造なのであり、顧客に貢献することができるかどうかが、企業の唯一の効能だと考えています。そのために、経営陣は戦略を描き、人材を育成しなければならないのです。
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2009.02.10
2015.01.26
ハートアンドブレイン株式会社 代表取締役社長
1968年、千葉県生まれ。東海大学法学部卒業。 英国国立ウェールズ大学経営大学院(日本校)MBA。 新日本証券(現みずほ証券)入社後、日本未公開企業研究所主席研究員、米国プライベート・エクイティ・ファンドのジェネラルパートナーであるウエストスフィア・パシフィック社東京事務所ジェネラルマネジャーを経て、現職。
