就職が決まっても安心するのはまだ早い

2023.06.10

ライフ・ソーシャル

就職が決まっても安心するのはまだ早い

純丘曜彰 教授博士
大阪芸術大学 哲学教授

/人が働ける期間より、企業の寿命、産業の限界のほうが短いのだ。それで、せっかく就職戦線を勝ち抜き、人気企業に就職できたとしても、道半ば、いまさら転進もできない50歳を過ぎてのところあたりで、会社のほうがダメになる。/

内定、おめでとう。それも、けっこう大手の有名企業じゃないか。この時期に決まっていれば、あとは落ち着いて卒論をまとめ、立派に学校も卒業できるにちがいない。親兄弟も、きみのことを誇らしく思い、近所や知人にきみの内定先を、おかげさまで、とふれ回ることだろう。

まあ、就職とは、そういうものだ。明治であれば、新政府に奉職できたら、すごいもの。戦前なら、財閥、そして軍部だ。戦後は、復興のために、だれもが鉄鉱や石炭、そして造船に。高度経済成長では、銀行や保険、自動車や電器、そして百貨店。バブルには、商社や証券、マスコミが大人気。その後はSEや士業、外資系。いまやITにAI。若者たちの未来はつねに明るい。

が、歴史を知っていると、これらの時代のブームに乗って就職した連中がどうなったか、気になるところだろう。明治新政府は、内政外交方針の対立で四散五裂し、その功労者たちが相い争い、西南戦争で殺し合うことに。財閥や軍部は、戦争に負けて、一気に解体させられる。鉄鉱や石炭、造船は、安価な輸入に圧されて、どこも廃業。知ってのとおり、銀行や保険は合併に次ぐ合併で、支店も人員も数分の一にまで減らし、いまや小銭の手数料稼ぎ。自動車や電器、百貨店は、軽自動車や中国製品、コンビニに置き換えられ、商社や証券、マスコミは、激安スーパーやネット証券、独立Youtuberがその牙城を切り崩し、SEや士業、外資系ではいま、激烈な解雇の嵐が吹き荒れている。

よく企業の寿命が言われるが、国の産業の成長と変化に合わせて、市場が飽和し、その業界そのものが丸ごと用済みになっていく。それは、仕方ない。だが、日本人は、江戸時代の村社会の人生感覚をずっと引きずり、就職できさえすれば、その会社が終身雇用と企業年金で骨を埋める場所だと信じてきた。けれども、国際社会になってから世の中の移り変わりが早い。人が働ける期間より、企業の寿命、産業の限界のほうが短いのだ。それで、せっかく就職戦線を勝ち抜き、人気企業に就職できたとしても、道半ば、いまさら転進もできない50歳を過ぎてのところあたりで、会社のほうがダメになる。歴史は、いつもそれの繰り返しだ。

いまは人気企業でも、それはいまだけの話。そんな人気は、30年ともたない。60過ぎの定年まで続かない。きみが40歳も過ぎたころから、おかしな空気が流れ始め、役職をもらった50歳のころには担当部署の延命で奔走し、結局、うまくいかずに、事業撤退とその引責で放り出される。が、その先でどうにかなるわけがない。早めにフリーランスになった連中の羽振りの良い話を聞くかもしれないが、それは同期が社内に残って、仕事を融通してくれていればこそ。連中が役職を失えば、下の世代は、ただでさえ左前なのに、きみにわざわざ外注を回す義理はない。

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純丘曜彰 教授博士

大阪芸術大学 哲学教授

美術博士(東京藝大)、文学修士(東大)。東大卒。テレビ朝日ブレーン として『朝まで生テレビ!』を立ち上げ、東海大学総合経営学部准教授、グーテンベルク大学メディア学部客員教授などを経て現職。

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