​さよなら一太郎:地方企業の限界

2023.02.01

経営・マネジメント

​さよなら一太郎:地方企業の限界

純丘曜彰 教授博士
大阪芸術大学 哲学教授

/未来は、過去には無い。地方に甘んじるな。学者に騙されるな。レガシーの上に立つ現場を生で見て、そのレガシーを自分で根本から組み直すこと。これまでと同じことを、発展可能性のある、まったく別の原理で根本からやり直してみせること。天動説を地動説に組み替えたガリレオのパラダイム転換と同じことが、いますべての分野で企業に求められている。/

肝心のAtoKにも、不満は多い。現有地名などに強い、差別用語などを避ける、小学生の学年別で漢字ひらがなを使い分ける、など、官公庁や小学校では有意義な特徴もあるが、プロのもの書きが使うには、あまりに言葉を知らない。というより、むりやり高速自動変換を実現するために古いバージョンより多くの複雑な言葉が人為的に消された感がある。医学や建築などの専門用語はオプションの辞書も出ているが、歴史上の固有名詞や専門用語、漢語はいちいち自分で覚えさせないといけない。そして、これをやっていると、文章作成が中断され、仕事にならない。

かようなわけで、かつては一太郎を使っていたという人も、近年は、たんに縦書きで棒ゲラを作るだけなら無料の縦書きエディタに、また、出版用の入稿やダイレクトなDTPなら図版もトータルに扱えるプロ仕様のAdobeのIndesignに乗り換えた、という話をよく聞く。ローマ字漢字変換も、近年はAtoK以外にも有能なものがいくつもある。

一太郎の失速は、つまるところ、ジャストシステム社の経営戦略の失敗だ。それは、中世末期、離心円だのエカントだのという複雑な理論追加で地動説の維持延命を図った悪あがきに似ている。「プロユース」を唱いながら、地方の井の中にあって、翻訳ソフトでもあるまいに、いかがわしい一部の国語学者やパソコン学者の妄言に騙され、北海道出のドリカムでもあるまいに、とんちんかんな自画自賛にうぬぼれ、東京や横浜の出版編集者や印刷業者の泥臭い生の現場の職人技の厳しさを見なかった。統計帰納法的な累積に応じて、ただ漢字かなを候補に挙げて並べればいいだけなのに、むだに同音異義語の機械的文脈判別に執着して言葉を削りまくり、かえって微妙な言葉遣いにこだわりのあるプロのもの書きを敵に回した。やたら余計な装飾機能の追加で重く、面倒になるバージョンアップばかり重ね、プロユーザーが喫緊に必要とするようになってきた大データ化やDTPに対応するための一太郎そのものの根本からの再構築を怠った。これらの結果、まるで通販番組でヒマな老人に売っているスマホ全盛時代の超多機能電子辞書のような時代錯誤のレトロフューチャーに成り果てた。

もちろん、他のソフトの出来がいい、などというわけではない。現行で業界標準となっているadobeのIndesignにしても、細かな設定が多岐にわたり、字組や印刷のことを専門的に学んだことのない一般の人が入手しても、まともにベタ組すらできないだろう。また、PagemakerやQuarkXPressが凋落したように、Indesignも一歩先はわからない。とくに、写植を電子化しただけの現行システムのように、やたらバカ高いデザイナーフォント一式を購入し同梱しなければならない出版印刷プロセスは、もはやそう長くは続くまい。いずれAIで、フォントの基本部分形だけを作成(選択)すれば、どんな文字でもその独自フォントで生成表示するようになるのは確実で、それがPDFの次のフォーマットになるだろう。

未来は、過去には無い。地方に甘んじるな。学者に騙されるな。レガシーの上に立つ現場を生で見て、そのレガシーを自分で根本から組み直すこと。これまでと同じことを、発展可能性のある、まったく別の原理で根本からやり直してみせること。書写が木版になり、活字になり、写植となって、いまのワープロになったように、蒸気機関車が内燃(ガソリン)自動車になり、電気自動車となっていくように、天動説を地動説に組み替えたガリレオのパラダイム転換と同じことが、いますべての分野で企業に求められている。

続きは会員限定です。無料の読者会員に登録すると続きをお読みいただけます。

Ads by Google

この記事が気に入ったらいいね!しよう
INSIGHT NOW!の最新記事をお届けします

純丘曜彰 教授博士

大阪芸術大学 哲学教授

美術博士(東京藝大)、文学修士(東大)。東大卒。テレビ朝日ブレーン として『朝まで生テレビ!』を立ち上げ、東海大学総合経営学部准教授、グーテンベルク大学メディア学部客員教授などを経て現職。

フォロー フォローして純丘曜彰 教授博士の新着記事を受け取る

一歩先を行く最新ビジネス記事を受け取る

ログイン

この機能をご利用いただくにはログインが必要です。

ご登録いただいたメールアドレス、パスワードを入力してログインしてください。

パスワードをお忘れの方

フェイスブックのアカウントでもログインできます。

INSIGHT NOW!のご利用規約プライバシーポリシーーが適用されます。
INSIGHT NOW!が無断でタイムラインに投稿することはありません。