前政権のアベノミクスが今一つうまく回らなかった大きな要因は、「トリクルダウン」に期待してか成長戦略を粘り強く追求しようとしなかったことにある。新政権は前車の轍を踏んではいけない。
実際のところ富裕層の乗数効果は世界的にも高くないが、特に日本では低いとされる。世界のどこでも共通して、お金持ちは一人当たりの獲得する額が多い割に、そのカネを使いたくなる対象や散財の場は限られており、投資に回すのもタイミングを見るため使う速度が遅くなる。しかも日本人富裕層は周りの目を気にして、世界標準の富裕層のような豪快な散財(豪奢な別荘、派手なパーティなど)をする人たちは限られているという調査もある。
むしろ乗数効果が間違いなく高いのは低所得者層だ。なぜなら彼らは「その日暮らし」という言葉にあるように、獲得したお金を右から左に使ってしまわないと生活できないからだ。つまり手元に入ってから使うまでの速度が無茶苦茶早く、使う割合も圧倒的に高い。
「トリクルダウン仮説」の罪なところは理屈的に間違っていることだけじゃない。それを隠れ蓑に、本来粘り強く追求すべきだった規制緩和やイノベーション支援策は中途半端に終わり(省庁によってはむしろ逆方向に転換し)、政権中枢において「成長戦略」路線の看板を誰も真剣に掲げなくなったことだ。
そうした経緯を反省するならば、新政権には是非、成長戦略の徹底追及と併せて、社会経済の上層部分ではなく下層部分に優先的におカネを回す策を考えていただきたい。生活保護世帯や一人親世帯のように生活に困っている人たちへの経済的支援は乗数効果の高い、有効な経済政策なのだ。社会経済の下層に位置する彼らは、おカネが手に入れば生活のためにすぐに使ってくれる。それがすなわち世の中のカネ回りをよくし(=景気をよくし)、日本経済の成長につながるのだ。
その意味で、コロナ騒ぎの最中に自民党が進めようとした減収世帯への30万円の現金給付(「生活支援臨時給付金」)は正しい政策だった。与党・公明党の圧力で実行することになった(全国民に1人当たり10万円を給付する)「特別定額給付金」は、将来不安に脅える多くの一般世帯で使われないまま国家財政をさらに痛ませる結果となっており、数年後には冷静になった識者・国民から「なぜあんな馬鹿なことをしたのか」と非難されるだろう。
話を戻そう。中央官僚の人たちには、菅首相の「自助」を先決させる言葉を間違って忖度することで、社会的弱者を切り捨てるような政策には決して踏み外していただきたくない。それは政府の役割を放棄するも同然の所業だ。
また、新政権が改めて「成長戦略」を追求しようとしていることは感じられる。そのためにそれを阻害する規制を緩和・廃止し、省庁間の縦割りの弊害を減らそうとしていることも。その際、間違っても前政権のように「トリクルダウン」の幻を追わないよう願いたい。
心配しなくとも富裕層にはその先、どうしたっておカネは回っていく仕組みに、世の中はなっている。つまり残念ながらこの世の真実は冷酷で、「トリクルアップ」になっているということだ。経営・事業戦略
2019.03.13
2019.11.27
2019.12.31
2020.07.15
2020.09.23
2021.04.20
2021.12.16
2022.09.28
2023.04.12
パスファインダーズ株式会社 代表取締役 社長
パスファインダーズ社は少数精鋭の戦略コンサルティング会社です。「新規事業の開発・推進」「既存事業の改革」「業務改革」の3つを主テーマとした戦略コンサルティングを、ハンズオン・スタイルにて提供しております。https://www.pathfinders.co.jp/ 弊社は「フォーカス戦略」と「新規事業開発」の研究会『羅針盤倶楽部』の事務局も務めています。中小企業経営者の方々の参加を歓迎します。https://www.pathfinders.co.jp/rashimban/ 代表・日沖の最新著は『ベテラン幹部を納得させろ!~次世代のエースになるための6ステップ~』。本質に立ち返って効果的・効率的に仕事を進めるための、でも少し肩の力を抜いて読める本です。宜しければアマゾンにて検索ください(下記には他の書籍も紹介しています)。 https://www.pathfinders.co.jp/books/