「老いの工学研究所」のホームページに掲載したコラムを転載しました。
●高齢化による問題は何か
そもそも、高齢化は現実的現象であって克服しなければならない『問題』ではない。高齢者がこのように年とともに幸福感を持ち得るならば、高齢化とは幸福な人の割合が増えることなのであって、なんの問題もないはずである。『問題』は、あくまで社会的・経済的な側面に過ぎない。高齢者ばかり幸福なのは問題だという次世代の意見もあろうが、高齢者も昔は幸福感が低かったわけで、高齢期まで待てばよいだけの話だ。しかし、待っても幸福感が高まらなかったとしたら、それは『問題』となる。そして今、それが現実になろうとしている。
まず、「離脱理論」「活動理論」が示すのは、世俗から離れた隠居生活や、引退して自分の好きなことだけに取り組む姿勢が高齢者の幸福感を高めるということだが、それは、これまでと同水準の社会保障を前提としており、今後は現実的でない。社会的要請として引退せず仕事を続ける人は増えるだろう。引退・隠居できず、また現役時代と同じように、好きなことだけ取り組むわけにはいかないとすれば、高齢者の幸福感は向上していかない。
次に、「継続性理論」が言うように、強みを発揮し続けられればよいが、それも難しいと思われる。昔たくさんいた腕に覚えのある職人、自分の技で飯を食ってきたスペシャリストは、減る一方だからだ。組織の中で様々な分野の仕事に携わってきた結果、浅く広く何でもできるが、これといった強みを自覚できない人が増えた。加えて核家族化や地域の結びつきの弱体化により孤独に生きていかざるを得ない状況もある。結果、強みを発揮している実感がない、自分らしい居場所が見つからないから、幸福感は向上しない。
「最適化理論」「発達理論」「超越理論」ような、ものごとの捉え方、考え方のレベルの高さ、成熟や超越を獲得できるかどうかという観点ではどうだろう。身体的な衰え、様々な限界、その先にある死から逃げず、抗わず、しっかり受け入れる。そうして成熟・超越の境地に至り、高齢者は幸福を味わうことができるという考え方だが、これは今、多くの人が関心を向けるアンチエイジングやピンピンコロリのような若々しさを維持しようとする姿勢とは逆で、かつ次元が異なっている。精神的成長・成熟には目を向けず、健康や外見にばかり気をとられているようでは、衰えていくのは当たり前なので否定的な感情を持ちやすく、幸福感の向上は望むべくもない。
要するに、ご隠居モデル、生涯一職人モデル、超越老人モデルによる幸福は、だんだんと難しくなってきており、このままだと次世代が高齢者になる頃には、「幸福のパラドクス」は消えてなくなってしまう(年とともに幸福感が低下していく)可能性がある。これが、高齢化の本当の問題ではないか。そして、この問題の解決のためには、新たな高齢者の生き方モデルを共有する必要があるのだろう。
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NPO法人・老いの工学研究所 理事長
高齢期の心身の健康や幸福感に関する研究者。暮らす環境や生活スタイルに焦点を当て、単なる体の健康だけでなく、暮らし全体、人生全体という広い視野から、ポジティブになれるたくさんのエビデンスとともに、高齢者にエールを送る講演を行っています。