「人はパンのみに生きるのか?」という問いは古くて新しい。本稿では働く動機を5段階に分け、いかに1段階めの「金銭的動機」の重力に逆らい、動機を外発から内発へ、利己から利他へシフトしていけるかを考える。
[段階Ⅰ]金銭的動機
動機の一番土台にくるのが「金銭的」動機である。そこには「生きていかねばという自分」がいて、誰しも懸命に働こうとするのである。金銭を動機として働くことが必ずしも卑しいということではない。「食っていくためにはお金がいる。だからきちんと働いてお金を得、生活を立てていこう」とする姿はむしろ尊い。金銭的動機は、個人を労働に向かわせ、社会の規律や秩序を守るための土台として機能する大事なものだ。ただ、金銭的動機は、「外発的」であり、「利己的」である。
[段階Ⅱ]承認的動機
誰しも他から自分の存在を認められたり、能力を評価してもらいたいと思う。そこにはたらくのが「承認的」動機である。仕事でうれしかったことをアンケートすると、「上司から褒められた/難しい仕事を任された」「お客様からありがとうを言われた」「ネットに発表した記事が多くに読まれた」など、承認・評価にかかわることが多く出てくる。ソーシャルメディア『フェースブック』の「いいね!」ボタンも、いわばこの承認的動機を刺激するものの一つである。ただし、この動機もどちらかというと「外発的」「利己的」の部類である。
[段階Ⅲ]成長的動機
仕事をやるほどに自分の能力が伸びていく、深まっていく、となればもっとその仕事をやってみたくなる。それはその仕事が「成長的」動機を喚起しているからだ。この場合、仕事そのもののなかに動機を見出しているので、「内発的動機」となる。だが、いまだ「利己的」ではある。
[段階Ⅳ]共感的動機
仕事や働くことは、一人では完結しない。何かしら他者や社会とつながりを持つものである。Ⅱ段階目の「承認」より、もっと相互に、積極的に、質的に他者と結びつくことで、やる気が起こってくるのが「共感的」動機である。
自分のやっていることが他者と共感できる、他者に影響を与えることができる、社会に共鳴の渦をつくることができる、そうした手応えは強力な力を内面から湧き起こす。この段階から「利他的」な動機へと変容してくる。
[段階Ⅴ]使命的動機
自分が見出した「おおいなる意味」を満たすために、文字通り、“命を使って”まで没頭したい何かがあるとき、それは「使命的」動機を抱いている状態であるといえる。夢や志、究めたい道、社会的な意義をもったライフワークなどに一途に向かっている人はこの段階にある。
ちなみに、使命的動機が段階Ⅴとして一番上に置かれているのは、その動機を抱くことが最も難しいからである。動機を抱く難度が階段の高さを示していると考えてほしい。逆に言えば、金銭的動機(段階Ⅰ)は生存欲求からの動機で、最も容易に起こることから一番下に来ているわけだ。
◆動機を重層的に持つこと
ここから最後の重要な点に入っていく。動機の持ち方として望ましいのは、これら5段階ある動機を重層的に持つことである。動機を重層的に持っていれば、仮に一つの動機が失われても、他の動機がカバーしてくれることとなり、働く意欲は持続される。また、動機どうしが相互に影響し合い、統合的に動機が深まりを増すことも起こるからだ。
お金を儲けたいという動機は抱いてもいっこうにかまわない。ただその動機の層だけに閉じこもってしまうと、どうしても利己心・我欲といったものが肥大化して、問題を引き起こす危険性が高くなる。だからこそ、他の動機も重層的に持つことだ。そうすることで、お金に対する不健全な執着から解放されるし、また複合的に湧いてくるエネルギーで長く強く働くことができる。
もちろん私は、働く動機を重層的に持つための内省ワークを研修のなかでやる。そのときに方向は2つある。1つは動機の段階を上げていく方向。つまり動機難度の低いほうから高いほうへと内省を促していくやり方だ。たとえば、「その仕事によってどんな成長が得られますか? あるいは、現状の仕事をどんなふうに変えていけば、自分の成長が起こるようになりますか?」といった段階Ⅲの動機を喚起させる問いを投げる。次に、「その仕事を通じてどんな人たちとつながることができるのでしょう?」や「あなたは一職業人として何の価値を世の中に提供する存在ですか?」といった具合に段階Ⅳ、段階Ⅴの問いに上げていく。こうした自問を通して、自分の担当仕事に「非お金」的な動機を重層的に持たせていくわけである。
◆使命的動機の「シャワー効果」
もう1つの方向は、いきなり段階Ⅴの動機を見つめさせるやり方である。これは具体的には、段階Ⅴの使命的動機に生きた特定の人物をロールモデルとして取り上げ、「おおいなる意味」のもとに仕事を成し遂げる人間がいかに自己を強く開いていけるかを学び取るものである。考察していけばわかるのだが、ひとたび使命的なテーマを見出し、そこに没入していくとどうなるか───
・そのテーマに共鳴する同志との出会いが生まれ深いつながりができる。
(→動機Ⅳが喚起され、満たされる)
・そのテーマを成し遂げるための能力発揮・能力習得・能力再編成が起こる。
(→動機Ⅲが喚起され、満たされる)
・そのテーマの仕事がやがて人びとの耳目を集め出す。
(→動機Ⅱが喚起され、満たされる)
・気がつくと必要なお金が得られていた。あるいは回り出していた。
(→動機Ⅰが満たされる)
そう、つまり、段階Ⅴの動機をしっかり抱いて懸命に動けば、他の動機は自然と上から順に喚起され、満たされるのだ。私はこれを、使命的動機の「シャワー効果」と呼んでいる。
これを読んでいる人のなかには、「ともかく自分は正社員の職を得て、生活をやりくりしていくのに精一杯だ。志や使命を描くなど程遠い」と漏らす状況があるかもしれない。しかし、志を立てるのに何のコストがかかるというのだろう。想い描くことは、誰でも、いま、この場で、タダでできることなのだ。想い描くことをしないかぎり、「食うためだけの仕事」という強力な重力に縛り付けられたままになる。
最後に。「人はパンのみに生きるのか?」という問いに対し、私はこう答えるようにしている。───「人は志にこそ生きる。おおいにもがくことになるが、そこでパンを食いそびれることはない」。
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【働くこと原論】 強い仕事をするための肚づくり
2013.11.04
2013.09.05
2014.01.17
2014.01.08
キャリア・ポートレート コンサルティング 代表
人財教育コンサルタント・概念工作家。 『プロフェッショナルシップ研修』(一個のプロとしての意識基盤をつくる教育プログラム)はじめ「コンセプチュアル思考研修」、管理職研修、キャリア開発研修などのジャンルで企業内研修を行なう。「働くこと・仕事」の本質をつかむ哲学的なアプローチを志向している。