地球温暖化や省エネのために始まった夏期の軽装化は、福島原子力発電所事故などの影響による電力不足もあり、オフィスでのノーネクタイ姿が定着してきたようである。
こうしてジュニアボードは経営会議にアシスト総研の設立とITコーディネート事業への変革を提案した。アシスト総研はその後、“ソフトウェア・リサーチ・センター”と“商品企画室”という部隊によって具現化され、また、ITコーディネート事業も、東日本顧客支援室がプロマネ事業を中核にパートナー企業とともにお客様に提案活動を行ったり、実装支援をする部隊として始動した。
「この他にも、販売している商品に限らない支援サービスを、データベースやBI分野など、対象分野を絞って提供してはどうか、とか、または当時はまだオープンソースは一般的ではなかったので、DB2やSQL Serverといった他社製品の支援もできるのでは、といった提案もしました。残念ながらジュニアボード制そのものはアシストの中で組織として根付かなかったのですが、今の組織のベースの考え方としていくつか残っているのが成果と言えるのではないかと思います」と沓掛は言う。
ジュニアボードが続かなかった代わりに、2002年の12月にはトッテンから関東地区の部課長クラスの社員約20名に対して、アシストが抱えている課題とその解決策を考えて提出せよ、という宿題が出された。創立30周年を迎えるにあたり、2003年からの10年間を考えるために「ニサン企画」というプロジェクトをトッテンが立ち上げたのだった。沓掛ももちろんプロジェクト・メンバーの一人に選ばれた。
「2003年の年明けから課題ごとに分科会を作り、メンバーも増やして33名で12の分科会を作り、それぞれで活動が始まりました。分科会は、1.商品戦略、2.ブランディング、3.サービス・ビジネス、4.情報公開、5.間接部門(業務の効率化)、6.マネジメント、7.評価、8.ローテーション、9.教育・トレーニング、10.メンタルヘルス、11.組織戦略、12.最高の職場、です。このうち、組織戦略にはリーダーとして、また、マネジメントにはメンバーとして参画しました」と沓掛。
会社を大きくすることや成長自体は目標ではない。お客様、社員、協力会社にとって最高の会社になることを目標としなければならない、というのがアシストの企業理念(『哲学と信念』)だ。そのため、問題があれば、それを解決するのは会社ではなく自分たちだという思いが、アシストの社員にはある。沓掛たちのこのニサン企画も、最高の会社にするために社員が自ら考えるというプロジェクトとなった。
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