優れて抽象的な思考は 優れて具体的な行動を生む〈上〉

2011.11.08

組織・人材

優れて抽象的な思考は 優れて具体的な行動を生む〈上〉

村山 昇
キャリア・ポートレート コンサルティング 代表

「その話は抽象的だ」は、ネガティブな意味で使われる。しかし、人間が抽象化能力をなくしたら、示唆に富んだ豊かで深い話ができなくなる。何でもかんでも「具体的に」という流れはむしろ思考の短絡化を招く危険性をはらんでいる。

◆顧客の望むものばかりを与えるのが顧客本位ではない
 確かに、もっと具体的な策を紹介する方が受講者の受けはよくなるのはわかっている。実際のところ、研修市場を見渡してみても、そうした上司のコミュニケーション術に特化した研修商品のほうが花盛りである。また、書店の棚を見ても、上司の褒め言葉集や朝礼での話ネタ集など、直接的、即効的なテクニック本が売れ筋だ。
 人は(私も含めて)、面倒くさがりだし、ラクをしたいし、早く効果が出るものを手に入れたいものだ。抽象的なことを考え、至らない自分を内省し、曖昧な中から答えを自分でつかみ取ることは、面倒で、しんどい。効果が出るともわからない。それに第一、退屈である。それよりも、1日の研修時間、1冊の本の中で、さっさと具体的な技術を整理した形で与えてほしい───それが顧客の多数派の声だ。

 研修後のアンケートの数値評価や本の販売部数は、ある意味、大衆人気を推し測るテレビの視聴率に通じるところがあって、その数値獲得をいたずらに追うと本質を見失うときがある。特に研修のような教育サービスの場合はそうだ。だから教育事業に携わる私は、顧客が望む口当たりのいいものばかりを与えるのが顧客本位ではないと肝に銘じている。親が子にする躾のように、ときに子が嫌がったとしても、親の愛情として施したい、施さなければならない、というのが教育の大事な側面としてある。

 末梢のコミュニケーションテクニックだけを網羅的に披露する部課長への研修は、真に人をリードできる部課長を育てない。抽象的にものを考える力を養わないかぎり、いつまでたっても状況に適した自分独自の手段を生み出す能力は身につかないからだ。他人の借り物のテクニックで済ませようとする部課長が増えれば増えるほど、大事な抽象論議や対話は職場からなくなる。そうした配下で働く部下もまた抽象的に考え、答えを見出す訓練を受けないから、末梢のテクニック頼りになる。

◆「抽象的である」はネガティブではない
 そこにきてまた、中間層に位置する研修の担当者や出版社の編集者も「アンケート数値が下がるから」とか「本の販売部数が上がらないから」と、ますます抽象的な内容を避けるなら(サラリーマンとしての彼らの評価はそうした数値によってなされることが多いのが事実だ)、ビジネス現場の「もっと具体的に、もっと即効的に」というアンバランスな流れは加速していく。しかし、そうした「わかりやすさ信仰・功利的な技術志向」の行き過ぎは、人びとの思考回路をどんどん短絡的にしていく罠があることを認識しなくてはならない。

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村山 昇

キャリア・ポートレート コンサルティング 代表

人財教育コンサルタント・概念工作家。 『プロフェッショナルシップ研修』(一個のプロとしての意識基盤をつくる教育プログラム)はじめ「コンセプチュアル思考研修」、管理職研修、キャリア開発研修などのジャンルで企業内研修を行なう。「働くこと・仕事」の本質をつかむ哲学的なアプローチを志向している。

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