日本民族のコンピテンシーは手先の器用さ・繊細な感覚である。日本はその能力を生かしハード的に優れたモノをつくってきたが、形状・性能・価格といった「form」次元だけで戦うのは難しい時代に入った。「form」を超えて、どう「essence」次元にさかのぼっていくか、そしてそのためにどう「曖昧に考える力」を養うか───次のステージはそこにある。
真に成功するイノベーションは、技術中心ではなく、人間中心である。人間中心であるとは、曖昧で不明瞭で、ときに揺らぎ、ときに執着するような人間の想いや欲求の核にあるものをとらえることを最重要事項とする。そして、「お客様、あなたの欲しかったものはこういったものではなかったですか?」といって形にして差し出すために技術を使う。
確かに、消費者から日々寄せられる具体的な声を分析し、商品開発に役立てることは欠かせない。しかしそれら客観的分析アプローチから可能になるのは、改良や改善であって、既存枠を打ち破るような商品の創出ではない。なぜなら消費者は目の前にある具体的な商品については雄弁に語るが、いまだ体験せぬ夢の商品に関しては語れないからだ。よく言われるのはこうだ。―――「消費者の声分析はクルマのバックミラーのようなものだ。後ろはよく見せてくれるが、決して前を照らして見せてくれるわけではない」。
だからこそ、消費者の声を超えて、つくり手こそが大胆に主観的な直観で仮説を立て、曖昧さの中へ深く入り込んでいかねばならない。そしてそれを形にして、しつこくお客様に差し出すことを繰り返さねばならない。アップルはそれをやっているのだ。
◆ものづくりが「form」次元で勝てる時代は終わった
他方、日本メーカー勢はそれに比べ、残念ながら図4のように思考の幅が縮こまった形になっているように思える。思考を曖昧さ次元に切り込むことなく、洞察がモノ寄りで留まっている。だから、出てくる製品や広告メッセージはどれもハード的な性能を謳うだけになってしまう。加えて、日本のメーカーにはアップルのようにホールプロダクト的な世界観がないために、ハードの性能で局所局所で戦うしか方策がないという状況もある。
昨今の一般消費財の開発・製造現場は、スピード化と生産効率化のプレッシャーが過酷である。システマチックに大量にモノづくりを行う大きな組織の製造業であればあるほど、アイデア出しから技術検討、コスト検討、意思決定などに関わる思考作業をできるだけ効率化させたいという誘惑にかられる。そのために洞察の過程は分業化され、計画立てられ、目標に向かって直線的になる。「次の製品は現行より何ミリ薄くできます」「他社より安く商品化できそうです」といった「form」の次元でモノづくりを考えるほうが、多くの関係者がわかりやすし、コンセンサスも得やすい。明瞭さ思考に留まることは、万人に明瞭であるがために、ある意味、組織を動かすにはラクなのである。
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2009.02.10
2015.01.26
キャリア・ポートレート コンサルティング 代表
人財教育コンサルタント・概念工作家。 『プロフェッショナルシップ研修』(一個のプロとしての意識基盤をつくる教育プログラム)はじめ「コンセプチュアル思考研修」、管理職研修、キャリア開発研修などのジャンルで企業内研修を行なう。「働くこと・仕事」の本質をつかむ哲学的なアプローチを志向している。