「前向きに考えようよ。ポジティブシンキングにならないといけない」という社長がいる。しかしこの言葉の裏には、その人の“弱み”が隠されているのではないだろうか。今回の時事日想は、とある出版社を取り上げ、この問題について考えてみる。 [吉田典史,Business Media 誠]
「前向きに考えようよ。ポジティブシンキングにならないといけない」――。
私はこの言葉を聞くと、うさんくささを感じる。これは、私の取材で知り得た印象でしかないが、特に社員数が50人に満たない小さな会社の、20~30代の若い経営者からよく聞く。その大半が創業して10年以内の会社だ。中堅、大企業の経営者からは聞いたことはない。
例えば、2007年の1月、赤坂にある出版社の経営者を尋ねたときのこと。彼は30代半ばまで主要出版社に編集者として勤務し、独立した。知人の紹介で会ったのだが、著名な経営コンサルタントの代わりに本を書いてほしいという依頼だった。つまり、ゴーストライターである(関連記事)。
仕事を始めるにあたり、お金の話を詰めないといけない。200ページ前後の1冊の本をどのくらいの期間でいくらで書くのかを決めるのは、仕事を請け負うならば当たり前のこと。ところが、彼は冒頭で述べた言葉を繰り返す。「もっと前向きに考えましょうよ。物を作る人がお金のことを思い詰めたら、前に進みませんよ」と。
その場でははぐらかされたので数日後、メールを使い、詰めようとした。しかし、彼は同じ言葉を繰り返した。私は、それより2年前にもこれと似た経験をした。2005年の12月、飯田橋にある編集プロダクションの30代後半の経営者にも同じようにあいまいにされた。この男性も「ポジティブシンキングでいきましょうよ」とお金の話を詰めなかった。
出版業界は、お金の支払いにルーズである。こういう具合に、ペテンにかけようとする小さな出版社の経営者は少なからずいる。私がこの20年ほどで記憶のある限りでも、15 人くらいはいる。彼らはお金のことを決めようとすると、「前向きに」という言葉を持ち出すことで論点をそらす。そして、いつまでも決めようとはしない。
こういった経営者は他の業界にもいる。私の印象なのだが、この10数年で増えたように思える。例えば、契約社員が契約の更新時に賃金や労働時間などを決めようとしたり、正社員が職場環境の改善を求めると、彼らは「前向きに考えよう」という言葉を持ち出す。
初めはある程度、社員らの言い分を聞くのだが、自分が不利になるとこの言葉を使い始める。そして、その社員があたかも「後ろ向き」な性格や「ネガティブシンキング」であるかのように話を作り込んでしまう。経営者である自分は正しく、部下である社員たちが悪いという単純明快な構図である。このほうが周囲の社員を抱き込んで、その社員を包囲しやすいと察知しているのだろう。
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