組織におけるヒトを考える場合、離職(流動)も問題ですが、その根付き(定着)も問題です。“よい根付き”と“悪い根付き”の分水嶺はどこに?
私たちは、組織の中のヒトの根付き方に2種類あることを知っています。
一つには、組織に安住し、成長を止め、保身で根を張ってしまうヒト。
もう一つには、組織の価値・ワークスタイルの体現者してどっしりと根を下ろすヒト。
前者はネガティブな根付き、後者はポジティブな根付きです。
ヒトを中長期レンジで雇用保持するという人事方針は、それ自体望ましいものではあります。
ヒトは雇用され続けるという生活の基礎部分が安定・安心してこそ、
心を落ち着かせ、忠誠心をもって力を出すことができます。
しかし、それは同時に、いつしか安穏・安住を生じさせ、
怠惰・保身を生むことにもつながりかねません。
つまり、“安”(安らか)という状態は、
ヒトをその後、善悪両面どちらにも導く可能性をもっています。
しかし、私は、これまでいろいろな組織とその働き手に接してきましたが、
経験上、どちらかというと、
“安すれば、鈍する”という現象をより多くみてきました。
もっと正確に言えば、“安のみ”の状態では、ヒトは、
鈍になり、惰になり、滞になる、といったネガティブな方向に堕しやすい事実があるのです。
“安のみ”では、ヒトがダレてしまう・・・
したがって、中長期に“悪い根付き”をしてしまう。
そのために、組織は何が必要だったか。
―――――そう、「競争原理」の導入が必要だったわけです。
競争という刺激、緊張感、そしてある種のリスクは、
確かにヒトがダレることを防止するものです。
したがって、
「安+競」の環境では、ヒトは“よい根付き”をするように思えます。
しかし、昨今の成果主義はうまく機能していない。
それは、なぜか?
その理由は、今回のこの文脈から整理すると、
一つに、成果の判断基準が単純に定量化された数値になりがちだったこと。
一つに、そこでの競争は、限られた原資(パイ)の中でのゼロサムの奪い合いであったこと。
一つに、「敗者は去れ」のごとき雰囲気によって、「安」の部分が脅かされたこと。
一つに、その成果主義導入の意図や目的が労使で共有されなかったこと
つまりは、質の悪い競争、大いなる目的のない競争によって、
ヒトが“よく根付く”どころか、
ヒトが疲弊して、心が離散していくという真逆の結果を生んでしまったわけです。
文章が長くならないうちに、私の結論から申し上げましょう。
ヒトを“よく根付かせる”ためには、
「安+競+覚」の3要件を満たすことです。
まず、「安」(=働き手に安心と信頼を与える雇用方針・システム)をベースとして、
適切・適度な「競」を敷く。
この場合の「競う」とは、個々に対し、定量的な比較相対の競争を強いる評価処遇“制度”ではなく、
「競創・共創」ともいうべき組織“文化”をいいます。
つまり、個々が相互に刺激し合いながら創造性を組織全体で膨らませていくという「競い合い・つくり出しあう風土」です。
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【3景】人財の離職と根付きの問題
2007.09.19
2007.09.08
2007.09.01
キャリア・ポートレート コンサルティング 代表
人財教育コンサルタント・概念工作家。 『プロフェッショナルシップ研修』(一個のプロとしての意識基盤をつくる教育プログラム)はじめ「コンセプチュアル思考研修」、管理職研修、キャリア開発研修などのジャンルで企業内研修を行なう。「働くこと・仕事」の本質をつかむ哲学的なアプローチを志向している。