企業は研修を増やし、学校はカリキュラムを改訂し、個人は資格やスキルの取得に励む。動画講座、オンライン大学、ビジネススクール、自己啓発書、生成AIを活用した学習サービスも次々と生まれている。 学ぶための環境は、かつてないほど整っている。 では、そこで一つの問いが浮かぶ。 現代における教育や学習は、実際に何を生み出しているのだろうか。
そのために、人は学ぶ。
ところが現代では、教育を行うこと自体が目的になっている。
研修を実施する。
受講率を上げる。
修了証を発行する。
資格取得者を増やす。
学習時間を記録する。
こうしたものが、教育の成果として扱われている。
教える側は「伝えた」で終わる。
学ぶ側は「受けた」で終わる。
企業は「制度を用意した」で終わる。
そこには、教育の先にある人間の変化がない。
教育は、本来、人を変えるためにある。
ただし、人を一方的に望ましい型にはめるという意味ではない。
本人が、これまで見えなかったものを見られるようになる。
考えられなかった範囲まで考えられるようになる。
自分だけではなく、他者や社会への影響まで引き受けられるようになる。
その変化を生むことが、教育の役割である。
知識を増やすだけでは足りない。
行動を変えるだけでも足りない。
その人が、どのような存在として生きるのか。
そこまで教育は関わらなければならない。
学習は、消費にも投資にもなる
同じ本を読んでも、学習が消費になる人と、投資になる人がいる。
新しい知識を得て満足する。
刺激を受けて終わる。
少し賢くなった気がする。
資格を増やして安心する。
こうした学習は、本人に一時的な充足を与える。
しかし、現実は変わらない。
一方で、学んだ内容をもとに、自分の考えを問い直す人がいる。
仕事の意味を見直す。
部下への関わり方を変える。
組織の制度を変える。
顧客への価値提供を見直す。
社会に対する責任を考え直す。
このとき、学習は未来への投資になる。
違いは、学んだ内容ではない。
何のために学んでいるかである。
目的が自分の満足に閉じれば、学習は消費になる。
自分の変化、組織の変化、社会の変化へ接続されれば、学習は投資になる。
現代の教育が生み出しているもの
現代の教育は、多くの知識と技能を生み出している。
一方で、知識や技能を持ちながら、何のためにそれを使うのか分からない人も増やしている。
能力は高い。
処理は速い。
資料もつくれる。
情報も集められる。
しかし、自分の仕事が社会の何に貢献しているのかを語れない。
自分の判断が、誰にどのような影響を与えるのかを考えない。
組織の目標は理解していても、自分の人生とのつながりを持てない。
これは、教育が能力開発に偏り、人間形成を置き去りにしてきた結果ではないか。
現代の教育は、できる人を増やしている。
しかし、何のためにその力を使う人なのかという問いには、十分に向き合っていない。
CHANGE
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株式会社アクションラーニングソリューションズ 代表取締役 一般社団法人日本チームビルディング協会 代表理事
富士通、SIベンダー等において人事・人材開発部門の担当および人材開発部門責任者、事業会社の経営企画部門、KPMGコンサルティングの人事コンサルタントを経て、人材/組織開発コンサルタント。
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