前回は、サービスが決して「個人のセンス」や「その場の対応」だけで決まるものではなく、本来は「構造」として設計可能なプロセスであることをお伝えしました。 しかし、こうして「設計」の重要性を説くと、多くのリーダーから次のような声が返ってきます。 「確かにそうだ。しかし、うちの会社には『サービスを設計する人』なんていないし、そもそも誰が担当すべきなのかも分からない。」 この直感は極めて正しいものです。そして実は、これこそがいま多くの日本企業が共通して抱えている最大の課題でもあります。「サービス設計」という役割の不在が、組織を静かに、しかし確実に蝕んでいるのです。
「誰の仕事でもない領域」が引き起こす責任の空白
サービス設計が重要であると認識しながらも、それを担う明確な役割が存在しないとき、組織内には「責任の空白」が生まれます。
たとえば、戦略部門は「顧客体験を高める」という方針を打ち出します。企画部門は制度や仕組みを整え、現場は目の前の顧客対応に全力を尽くします。一見、全員が自分の役割を全うしているように見えます。しかし、「顧客が感じる価値が、どのようなプロセスで生まれているのか」という全体設計については、誰も責任を負っていないのです。
その結果、サービスは戦略に基づいた進化ではなく、その場の状況に合わせた「なんとなくの進化」を繰り返すことになります。これが、組織として価値が積み上がらない根本的な原因の一つです。
「事後対応」の改善が現場を疲弊させる
設計者がいない組織で行われる改善活動には、共通した「欠陥」があります。それは、すべての施策が「事後対応」になってしまうという点です。
「クレームが出たからルールを変えよう」「アンケートの満足度が低いから接客を強化しよう」。これらは一見正しい改善に見えますが、あくまで起きてしまった事象に対する「火消し」に過ぎません。
• なぜ、その不満が生まれたのか
• どのような「事前期待」とのズレがあったのか
• 体験のプロセスのどこに構造的な欠陥があったのか
こうした根本的な構造に踏み込まないまま改善を繰り返すため、一つ火を消してもまた別の場所で問題が起きる。手を打つほどに現場のオペレーションは複雑化し、スタッフからは「前より忙しくなったのに、手応えがない」という悲鳴が上がることになります。価値は積み上がらず、疲労だけが蓄積していく構造です。
戦略が「宙に浮いたスローガン」になる
もう一つ、深刻なのが「戦略の形骸化」です。 経営層が「顧客体験(CX)価値を高めよう」「長期的な関係を築こう」という立派なビジョンを掲げても、現場では「具体的に何を変えればいいのか分からない」という戸惑いが広がります。
これは現場の理解力不足ではありません。戦略という「抽象的な言葉」を、顧客体験という「具体的な設計図」に翻訳する役割が不在だからです。翻訳者がいない組織では、戦略は現場に届かないままスローガンとして宙に浮き、現場は結局、自分たちの「経験と勘」という従来の方法に頼らざるを得なくなります。
価値を「偶然」に任せないために
サービスを設計する人がいない組織では、価値は「偶然」に頼って生まれます。運良くセンスの良い担当者がいれば顧客は満足し、そうでなければ失望する。こうした不安定な状態を放置することは、企業の未来を設計することを放棄しているのと同じです。
改善を線につなげ、戦略を実装し、現場の努力を資産に変える。そのためには、「価値を生む構造」を専門的に扱う役割が不可欠です。
次回は、この「戦略と現場のあいだ」「企業と顧客のあいだ」を埋める未踏の専門職――「サービスサイエンティスト」とは具体的に何を担い、どのような専門性を持つ職業なのか。その正体を明らかにしていきます。
新刊『事前期待~リ・プロデュースから始める顧客価値の再現性と進化の設計図~』
| 提供会社: | サービスサイエンティスト (松井サービスコンサルティング) |
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2009.02.10
2015.01.26
サービスサイエンティスト (松井サービスコンサルティング)
サービスサイエンティスト(サービス事業改革の専門家)として、業種を問わず数々の企業を支援。国や自治体の外部委員・アドバイザー、日本サービス大賞の選考委員、東京工業大学サービスイノベーションコース非常勤講師、サービス学会理事、サービス研究会のコーディネーター、企業の社外取締役、なども務める。 【最新刊】事前期待~リ・プロデュースから始める顧客価値の再現性と進化の設計図~【代表著書】日本の優れたサービス1―選ばれ続ける6つのポイント、日本の優れたサービス2―6つの壁を乗り越える変革力、サービスイノベーション実践論ーサービスモデルで考える7つの経営革新
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