DXという言葉は浸透した。しかし、日本企業の多くで「DXは進んだはずなのに、何かが変わっていない」という違和感が残っている。本連載は、その正体を「残念なDX」と定義し、なぜ成果や誇りにつながらないDXが量産されるのかを構造的に読み解く。 著者はDX検定構想者として、また人材育成・経営支援の現場に長年関わってきた立場から、DXをIT導入や業務改善にとどめず、「人」「顧客」「社会」までを変革する営みとして再定義する。 連載後半では、DXを1.0〜5.0の成熟モデルとして整理し、最終到達点を「DX5.0(Super DX+)」と位置づける。AI×人間力×価値創出を軸に、DXを“やらされる取り組み”から“未来をつくる経営”へ転換するための実践的な視座を提示する。
成功に至っていないのに、プロジェクトだけが終わるDX
多くのDXプロジェクトは、予定通りに終わる。
成果物も納品され、報告書もまとめられる。
だが、その後に残るのは、
「これでよかったのだろうか?」
という、なんとも言えない未消化感だ。
変革と呼べるほどの変化は起きていない。
しかし「失敗」とも言い切れない。
この宙ぶらりんな状態こそが、
DXに取り組む人たちを最も消耗させている。
本連載で扱うこと
本連載では、こうした「残念なDX」がなぜ生まれるのかを構造的に整理し、
その先にある DXの本来の到達点 を提示していく。
私たちはそれを、
DX5.0(Super DX+)
と呼んでいる。
DXを
単なるIT導入や効率化の取り組みではなく、
人が主体的に動き、AIと力を合わせ、成果と誇り、そして幸福を生む営みとして再定義する。
次回は、
なぜ日本企業のDXは「フワッとした取り組み」になりやすいのか。
その構造に、もう一歩踏み込んでいきたい。
次回予告
フワッとしたDXは、なぜ量産されるのか
― フワッとした取り組みから、フワッとした成果しか生まれない理由
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2010.03.20
2008.09.26
人材育成コンサルタント、シニアインストラクター
● 人材育成、DX・IT、コンサル、マーケの経験を踏まえて、人材教育の新たなアプローチを探求中 明大法なのに齋藤孝ゼミ🤣 教免3種ホルダー イノベーション融合学会専務理事 教育研究家、モノカキの時は、「富士 翔大郎」と言います。天才トム・ショルツの「BOSTON」と「マニュアル車」「海外ドラマ」をこよなく愛する静岡県民
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