京都の魔窟:朱子学から古学へ

2016.07.22

開発秘話

京都の魔窟:朱子学から古学へ

純丘曜彰 教授博士
大阪芸術大学 哲学教授

/江戸時代初期、京都は素性不明の浪人たちの吹き溜まりだった。そこに、土佐藩からやってきた極右朱子学者の山崎闇斎が塾を開いた。その向かいの材木屋の源吉(伊藤仁斎)は、神経を病み、引きこもっていたが、朱子学を吹っ切って古学を起こす。土佐藩のクーデターの後、闇斎は、将軍補佐の保科正之に取り入る。林家の弟子の山鹿素行もまた古学を考えたが、運悪く、保科と闇斎の逆鱗に触れ、死を覚悟しなければならなくなる。/


 このころ、土佐藩でクーデタが起こった。いくら新時代に対応する藩政改革のためとはいえ、旧来の家臣をないがしろにする一方、経歴の怪しい若手の輩を抜擢登用し、若殿の身辺を自派で固める老中の野中兼山(48歳)の年来のやりかたに対し、63年、重臣たちが反発して若殿に弾劾状を出したのだ。そして、兼山本人はもちろん、一族まで幽閉され、そこで根絶やしにされた。


 まずいのは、京都の盟友、山崎闇斎(44歳)。塾をほったらかして、とっと逃げ出し、江戸へ。そして、65年、将軍補佐の保科正之(55歳)のところに転がり込む。闇斎の方が年下ながら、例の怪異な殺気で威圧。実父を知らぬ正之にすれば、死んだ実父の将軍が若くして目前に蘇ってきたようなもの。平伏してこれを迎え入れ、賓客としてもてなす、ということに。ここでまた、怪しい御同輩を引きずり込む。吉川惟足(これたり、1616~95、49歳)。日本橋の魚屋だったが、商売に失敗した後、京都に逃れ、そこで吉田神道(神本仏迹説、日本の神がインドに仏として下った)の口伝を得た、とか。山崎闇斎は、これにさらに自分の朱子学を混ぜ込み、「敬」の一字専念の垂加神道をでっち上げていく。


 ところで、林家門下に、兵学の秀才、山鹿素行(1622~85、43歳)がいた。もともとは伊勢亀山の武家ながら、父が刃傷沙汰を起こして逃げ、旧会津藩家老の下に一家で匿われていた。ところが、1627年、藩主死去で、旧会津藩はお取り潰し。山鹿一家は江戸に出て、かろうじて町医者として暮らしを立ていた。その息子、素行は勉学に励み、林家弟子入りを許され、広田坦斎に忌部神道(室町時代の忌部正通の思想に基づき、神道を朱子学的に解釈するもの)などを学び、53年から60年にかけては兵学者として赤穂藩に招かれていた。


 素行もまた、仁斎同様、朱子学による形而上学的な古典解釈には無理がある、自然学とは別に、もっと日常の中の具体的な人間学の問題において孔子を理解すべきである、と考えていた。素行は、人間社会においても、私情を排し、道理の義に徹するべきである、と主張した。そして、その考えを、日ごろ、弟子たちに書き取らせ、その『山鹿語類』から要点のみ28項目をまとめて、65年、『聖教要録』三巻として出版した。おりしも父がなくなり、喪に服していた翌66年春、突然に幕府から赤穂藩配流を命じられる。


 タイミングも内容も悪かった。保科正之、そして、山崎闇斎の逆鱗に触れたのだ。おそらく素行には、そんな意図はなかっただろう。だが、第四代将軍家綱を補佐する保科正之は、庶子にも関わらず、まさに先代家光の私情で大大名の会津藩主に取り上げられたのであり、私情を排し、道理の義に徹すべきである、との考えは、保科の不明瞭な存在に対する政治批判そのものでもあった。もとより素行は、保科の前の前に取り潰された旧会津藩のゆかりの者。保科に恨みがある、と疑われても仕方あるまい。


 おまけに、彼が学んだ忌部神道は、山崎闇斎らが継承していると自称している吉田神道とは、昔から相性が悪い。まして闇斎は、「朱子を学んで誤らば、朱子とともに誤るなり。なんの遺憾か、これあらん!」と言うほどの超極右の朱子主義者。林家の弟子のくせに、朱子を抜きに理解すべきだ、などと素行が言うは論外。事情がわかるにつれ、素行は死を覚悟した。


(大阪芸術大学芸術学部哲学教授、東京大学卒、文学修士(東京大学)、美術博士(東京藝術大学)、元テレビ朝日報道局『朝まで生テレビ!』ブレイン。専門は哲学、メディア文化論。)

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純丘曜彰 教授博士

大阪芸術大学 哲学教授

美術博士(東京藝大)、文学修士(東大)。東大卒。テレビ朝日ブレーン として『朝まで生テレビ!』を立ち上げ、東海大学総合経営学部准教授、グーテンベルク大学メディア学部客員教授などを経て現職。

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