~続々・雑誌「BIG ISSUE」の売り子にもらったもの~
完治して調子がいいのか、シリアスな内容に似合わないニコニコ顔で、いつもよりよくしゃべった。
病み上がりには見えないほど、いつも以上に身奇麗にもしている。きれいにヒゲをあたって、頬が青々としている。シャツの襟首もきれいだ。「身支度はモノを買ってもらう以上、お客に対する最低限のマナーだ」というのが彼のポリシーである。しかし、路上ではなく簡易宿泊所に泊まって身支度を整えるためにも、雑誌の販売収益を上げることは欠かせない。病床から復帰して間もない今日は、特に気合が入っているということだろうか。ちょっと見た限りではホームレスには見えない。
寒い故郷出身だといっていた彼だが、今回は不覚だったなどと語り、大事にしなくてはなどと私が話す。そんなやり取りの横を通る街の人々の視線が気になった。
彼は独特の間合いで待ち行く人々に声をかける。
「BIG ISSUE 最新号発売中です」
大きな声で叫ぶのでなく、彼の「間」入った人に呼びかけるような、問いかけるような動作だ。私と話している間も販売の基本動作として途切れることはない。
彼の「間」に入っても、多くの人は一瞥もくれずに通り過ぎていく。それはそれで仕方ない。私も「BIG ISSUE」のことを理解する前はそうだった。
中にはチラリと侮蔑の色が浮かぶ眼差しを向けて通り過ぎる人もいる。確かに身奇麗にしているとはいえ、おしゃれな街の入り口の駅前広場では、いかんせん彼の姿はみすぼらしくみえる。
そんな人々の視線を見ながら彼と会話をしていると、ふと彼が言った。
「今回は何人ものお客さんに心配されちゃいましたよ。『発売日に姿が見えないってことは、これはきっと寝込んでいるに違いないと思った』ってね。ありがたいことですよ」。
彼は雑誌を売って、ものを食べ、簡易宿泊所で眠り、身支度を整える。そして金をため、いつか定住できる部屋を借りて職業を探すことを夢見ている。
無関心だったり、蔑んだりする街の人の視線の中で、「死」がすぐ近い距離にあることを意識して生きているホームレスの雑誌売りを、その名前も知らぬ人のささやかな再起をかけた夢を支え、心を通じて暖かい視線で見守っている人がこの街にも何人もいたのだ。
この街も、この世の中も悪くないじゃん。
久しぶりに、そんな気持ちになった。
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2015.07.17
2009.10.31
有限会社金森マーケティング事務所 取締役
コンサルタントと講師業の二足のわらじを履く立場を活かし、「現場で起きていること」を見抜き、それをわかりやすい「フレームワーク」で読み解いていきます。このサイトでは、顧客者視点のマーケティングを軸足に、世の中の様々な事象を切り取りるコラムを執筆していきます。