「デザイン思考」は経営・ビジネスを変えるか

2010.10.28

組織・人材

「デザイン思考」は経営・ビジネスを変えるか

村山 昇
キャリア・ポートレート コンサルティング 代表

経営・ビジネスは「数」を追求する。その結果、さまざまな問題も起こってきた。そこに「美」という盾を持ったデザインが教育の角度からひとつの提起をする。

 例えば私が最も感心したのは、「Entrepreneurial Design For Extreme Affordability」という科目である。うまく訳せないのだが「極めて資金的に可能な起業のデザイン」という名称である。同科目の導入部分には次のような一文がある―――「農業用の灌漑網を整備するには何十万ドルも費用がかかる。送電線を張り巡らせるには何百万ドルもの資金が要る。しかし、30ドル以下の送水ポンプや電灯を供給することで貧困への問題を再考できるとすれば、それは極めて“値ごろ感のある”ものだ」。
 発展途上国の貧困問題を考えると、その解決のための方策の規模が大き過ぎて、誰しも気が遠くなり、現実味のある思考と行動が鈍る。しかし、この科目は、そうした貧困を救うための起業は十分に可能であり、しかも莫大な資金でなく30ドル以下のモノからでも始められることを学ぶものである。
これまでに実際、このクラスでは、簡単に安く作ることのできる農業用の送水ポンプや太陽電池を用いたLED電灯をメーカーと一緒に開発して現地に普及させている。科目の案内にはこうある―――「What's our mission? To treat the poor as customers, not as charity recipients.(私たちのミッション;それは貧困の人びとを施しを受ける人としてではなく、お客様としてとらえること)」。貧困に陥る地域の人々にも購入することのできる“値ごろのモノ”を供給し、彼らの自立的生活を助けるビジネスをデザインする。それがこの「Entrepreneurial Design For Extreme Affordability」という科目なのだ。

 ◆出でよ「美の賢人」
 今日、大学教育のみならず、行政も企業現場も、“専門分化”が問題となっている。スピード化や効率化を求め、すべてを細分的に分業化してきた結果、全体を見失い、タコツボ化や縦割り化、分断化の弊害がそこかしこで顕著になってきた。そのため、世は「新しい統合」に関心を集めている。専門性を活かしつつ、全体と個人を健全によりよい方向へ動かしていく「新しい統合」のあり方が求められているのだ。
 そうした「新しい統合」への教育分野のチャレンジとして、『d.school』や『STRAMD スーパー戦略デザイン経営専攻』は注目すべきものである。もちろん既存の経営学にあっても、こうしたデザイン思考といった角度を取り入れたり、あるいは哲学(大学の哲学科がビジネススクールをつくってもいいのだ)を取り入れたりしながら、統合的なプログラムの修正補強が望まれる。
 ちなみに私自身も教育ビジネスに身を置いているが、こうした時代の要請を受け、キャリア教育プログラムを『プロフェッショナルシップ研修』として開発している。一個のプロフェッショナルが醸成すべき基盤意識を扱う内容で、そこには自己のリーダーシップから哲学・倫理、社会起業精神、古典文学、創作表現などまで、多様な要素を統合的に織り交ぜている。それは、「数の人」に偏った昨今のビジネスパーソンを「理の人・目の人・愛の人」にバランスをかけて寄り戻す私なりの解のひとつである。

 最後に表題の「デザイン思考」が果たして経営・ビジネスを変えるかという問いに対して―――デザイン思考をリテラシーとして身につけた人びとが「美の強い賢人」となり、ビジネスの現場に一人一人増えていく。そして「数のマッチョ」が跋扈する世界に影響を与え始め、社会もその勢力を支持する。そうした流れが起こってくれば、いまの経営・ビジネスは確かに変わっていく。

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村山 昇

キャリア・ポートレート コンサルティング 代表

人財教育コンサルタント・概念工作家。 『プロフェッショナルシップ研修』(一個のプロとしての意識基盤をつくる教育プログラム)はじめ「コンセプチュアル思考研修」、管理職研修、キャリア開発研修などのジャンルで企業内研修を行なう。「働くこと・仕事」の本質をつかむ哲学的なアプローチを志向している。

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