~高度成長からバブルを駆け抜け、さらなる未来へ~ 1980年~90年台にかけての日本経済のバブルが膨れ上がって破裂前後の頃の、筆者の商社マン生活を参考に小説化しました。 今も昔も変わらない営業マンの経験する予想を超えた苦楽物語を、特に若手営業マンに対して捧げる応援メッセージとして書きました。
そや、異存ないな!」
< ・・・・ >
あまりの押しの強さに、つい、
「あ、はい」
ふと、そう答えながらも、津田沼さんはどうしたんだ? と心の中で問い
かけていた。
それから、関のおっさんも何で勝手に推薦するかねーと思っていた。
「さよか! 受けてくれるか!
それでは、人事部に正式に駐在の手続きを進めるよう言うとくので、
人事部からの指示を待っててくれ。
それまでに、日本での仕事の引き継ぎをよろしゅうな!」
その時、本部長の秘書が、メモを持って部屋に入ってきた。
「あのー、今、マドリッドの津田沼店長から電話が入っていますが、
どうしますか?」
「え? あー、津田沼のおっさんかいな。
どうせ、たいしたこっちゃないやろ。
後で電話する言うといて。 こっちは、緊急な会議で取り込んでると。
それより、君、人事部長の吉良君にすぐに内線をつないでくれ。
急ぎの人事異動の件、いうことで」
< えー、 何と、それって、 つ、津田沼さんの電話や。
吉田さん。 その電話、出なあかんて。
吉田のおっさん、 絶対出なあかんて!
出てくれ。 頼む!! >
のどから今にも、そう言いたかった宮田であったが、そうなると、津田沼
店長との駐在の話を吉田本部長に話さねばならず、 そうなると、マドリッド
での帰国直前の面談で、
「俺からの今日の話は宮田君は全く知らないということで通してくれや。」
と言われた、津田沼店長の言葉が脳裏をよぎり、何も言えない宮田だった。
すごすごと放心状態で席に戻った宮田の目に入ってきたのは、机の上に
何気なく置かれている新聞の一面の記事であった。
その記事には、こう書かれていた。
「世界一治安が悪い南ア、ヨハネスブルグ、全人類初参加総選挙への期待と
アパルトヘイト撤廃への大規模抗議デモ行進に、連日の政府治安部隊の
発砲による都市中心部のみならず、郊外の住宅地における銃撃戦が激化の
一途。
南アのこれからの治安情勢は混迷の一途をたどる。」
< あーあ。 パリはどないしてん。 マドリッドはどこいったん?
君ら一体なにしてん?
何で助けてくれへんかったの???
何で、おれ、アフリカに行かなならんの。 それも急に言われて。
それも、世界一メッチャ治安悪い、南アに・・・・ >
その日の午後、吉田本部長が宮田の机に走ってやってきてこう言い放った。
「どあほー! 宮田君。
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