もろもろの格差の問題を、どれだけマクロ観点で正確に論じようと、個々の人間の自己蘇生力を強めるわけではない。一人一人の「想う力・志す力」に焦点を当てなければならない。
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いま、世の中でいろいろな「格差」が問題となっている。
「年収格差」、「雇用格差」、「学習機会の格差」、「情報格差」、「希望格差」等々。
確かに、格差をマクロ的に分析し、マクロ的な手立てを打つことは大事だし不可欠だが、
社会やメディアや大人たちがマクロ的にああだこうだと言っているばかりでは、
本当の解決には至らない。
なぜなら、マクロ論議では、
格差が生じるのは、いまの利益至上経済システムに問題があるからだ、とか、
向上意欲を失った者の側に問題が多いからだとか、
そういった極めてざっくりした結論で押し進めるために、
弱者側に追いやられてしまった人たちを、
「そうだ、すべては社会が悪いのだ」と開き直りをさせる方向にしか事が進まない。
で、解決方法はといえば、手当の支給。
これでは、格差が固定化する回路に入ってしまう。
社会やメディアは彼らに脆弱な言い訳を与えるだけで、決して自己蘇生を促しはしない。
だから、そうさせないために、ミクロのアプローチ、
つまり格差の問題を個々の問題として、一人一人の人間に迫らなくてはならない。
自分の人生の責任は、最終的に自身が引き受けねばならないのだと。
いみじくも、ジャック・ウェルチ(GE社・元CEO)はこう言った;
「みずからの運命をコントロールせよ。
さもなくば、他の誰かがそれをやるであろう」と。
そのために、
人の人生・キャリアにこもごもと差が生じる「根本要因」は、
生まれ持った能力差というより、年収差というより、運の差というより、
「志力」の差なんだと、一人でも多くの大人たちは、厳父・賢母のごとく、
後続の若い世代にそこかしこで言い続ける必要がある。
(だから私もいろいろな場で言う)
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アメリカもまた、格差という面では、日本以上に諸問題を抱えている。
しかし、少なくともあの国では、
いまなお「アメリカンドリーム」が根強く個々人に信奉されていて、
その意味では日本より、格差問題を乗り越える個々の潜在力は強いといえるかもしれない。
(アメリカンドリームは、志の力というよりは俗的な欲望まで含んではいるけれども)
しかし、日本ではアメリカンドリームに代わるような
個々の自己蘇生力を奮い起こす明快な民族的コンセプトがない。
私個人は、アメリカンドリームほど単純明快ではないが、
ひとつの提起として
「社会的起業精神」を挙げたいと思っている。
この「社会的起業精神」の涵養を
うまく教育(小中高・大学教育、社会人教育)の中に組み入れることで、
格差の根っこに横たわる志力格差の問題によい効果をもたらすのではないかと期待もしている。
次回はこの「社会的起業精神」について詳しく触れます。
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【志力格差の時代】
2010.02.01
2010.01.17
2009.12.28
2009.12.08
キャリア・ポートレート コンサルティング 代表
人財教育コンサルタント・概念工作家。 『プロフェッショナルシップ研修』(一個のプロとしての意識基盤をつくる教育プログラム)はじめ「コンセプチュアル思考研修」、管理職研修、キャリア開発研修などのジャンルで企業内研修を行なう。「働くこと・仕事」の本質をつかむ哲学的なアプローチを志向している。