第三者を出し抜いて所得を増やす時代は、高度成長のストップとともに終わったと感じています。 …というより、考え方自体、さもしいですよね、そんなの。 他人への感謝の気持ち~「ありがたや」の精神~が、自らを助けます。教育を通じて、子どもたちにも、理解してもらいたい。理解させたい。
仕事しながら思います。
自らの仕事の生産性を上げようという気持ちの本質にあるのは、より多くの人に、より期待される商材やサービスを提供したい気持ちだ
と。
そして、生産性が上がれば、めぐり巡って自身の給与も増えます。
給与が増えたらさらに生産性を上げようという気持ちになります。
この循環を生むのが、企業として大切ではないでしょうか。
保育園の解体現場を見ながら、ふっと思ったことがもう1つあります。
僕は学生時代に、とある高校の引越し現場のアルバイトをしたことがあります。アルバイトの人数は百人を下りません(学校の引越し、ですから…)
僕自身は、体も小さい方で、力は多分、同世代の中では「(力が)ない方から数えて10%」の枠に入ると思います。運動嫌いなんで(苦笑)。
どう考えても周りの連中より身体的な能力は劣るなーと感じる人たちばかりが周りにいました。
でも、学生時代から、子ども好き、教育好きなこともあって、無意識に「早くやってあげよう」とか「これここに置いた方が学生さん便利だよね」とかの、配慮のようなものがあったのかもしれません。
終わった後に「寺西君、うちの会社に来てくれない?」なんて言われました(ホントですよ)。
衝撃でしたが、それくらい、「生産性を上げること」、そしてその本質にある「発注主の期待に応えたいなー」という気持ちがある人が、この引越し業者に携わる人の周りには少なかった、ということなんでしょう。
確かにアルバイトの皆さん、僕からすると、「そんな暇あったら少しでも作業を進めればいいのに」と思える方が多かったんです。
給与を上げること、そして職に就くこと。
最終的には「誰かの役に立ちたい」そして「そんな人間になろう」という気持ち。
給与を頂戴したら「こんな自分でもお金をもらえるんだ、ありがたいな」という気持ち。
その気持ちがすべてを生み出すような気がします。
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