AIが協働パートナーとなる時代、人間に残される思考は「コンセプチュアル(概念的)思考」になる。それはつまり──雑多な出来事・情報から本質を抜き出し、概念を形成する。客観的認識にとどまらず、主観的意志(信念・理念)を行動に変える。そのコンセプチュアル思考における5つの基本スキルについて解説する。今回はその最終回。

ところがAIの恐ろしいところは人間を従者にしてしまう可能性があることです。
上図の右側に描いたように、人間はみずから考えることをやめ、単なるAIの操作者となり、ほしい答えを簡便に得、その答えを無批判的に信じ、頼る。これが常態化すると、もはや人間は考えるプロセス──問いを立て、仮説を持ち、材料を吟味し、検証し、評価し、選択する──によって養われる思考力が脆弱となり、ただ感覚的・反応的に生きるだけになってしまいます。AIが(そのブラックボックスの情報処理システムを通して)出す答えの従者になる人間がそこにいます。生成AIが真に有益であるのは、人間がそれを道具として用いる場合です。
人間に残される思考は何か───
AIが発揮する能力──膨大な量のデータ・情報を扱い、指示した文脈にそってそれらを再構成し、新たに文章やパターン、イメージをつくり出す能力──の利点はもはや否定しようのないものです。そのため人類はその進化を止めるわけにはいかないでしょう。だからこそいま向き合わねばならないのは「どういった思考が人間に残されるのか」です。そしてその1つが概念的に考える力ではないか、それが本稿の訴えるところでもあります。
生成AIは、インプットされたデータ・情報を組まれたアルゴリズムに従って処理し、アウトプットとして答えを出しますが、やはりその答えはデータ・情報という形式のままです。しかし人間の場合、考えることによってデータや情報を知識に変えます。さらにはそれを概念に変え、最後には理念・信念へと昇華させていくことができます。理念・信念は、その人が独自に抱く精神的価値に基づいています。ここがコンピュータの思考と決定的に異なる点です。
例えば、私たちは「春(はる)」という言葉を幼少期に覚えます。最初は「さむい冬のあとにやってくるあたたかなとき」のようにざくっとした認識ですが、辞書や事典を引くことを習ってからは「四季の最初の季節。気象学的には太陽暦3月・4月・5月、天文学的には春分から夏至の前日までに当たる。──広辞苑〈第七版〉」のように客観的な定義をもとにしながら知識を持つようになります。
そして人間はそうした単語知識を断片のまま保持するだけに留まらず、断片を結びつけながら概念形成をはじめます。
つまり、寒くどんよりした冬が終わり、天空がきらきらと明るく「晴(は)れて」くる。そして田畑を耕し開いて「墾(は)る」。木々の芽たちが生命力をふくらませて形を「張(は)る」。それに伴って、人間の心身もぴんと「張る」。そうした明るくなってくる、見通しが開けてくる、躍動してくるという状態が「はる」の語源であり、おおもとの概念であることに気づくわけです。そうした思考プロセスを経て「はる」の概念を形成した人は、「春」というものを以前よりゆたかに理解し、感じ取ることができるわけです。
AI時代 人間に残される思考は「概念的思考」になる
2026.08.15
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2026.08.29
2026.09.01
2026.09.10
キャリア・ポートレート コンサルティング 代表
キャリア・ポートレート コンサルティング代表。組織・人事コンサルタント、概念工作家、『源流の森ブックス』編集発行人。 『プロフェッショナルシップ研修』(一個のプロとしての意識基盤をつくる教育プログラム)はじめ「コンセプチュアル思考研修」、管理職研修、キャリア開発研修などのジャンルで企業内研修を行なう。「働くこと・仕事」の本質をつかむ哲学的なアプローチを志向している。
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