ものやサービスの値段は時代によって変わり、「高い」「安い」の基準になっている貨幣価値も時代によって大きく変わります。 今回は、さまざまな分野のものやサービスの「おねだん」を比較して、その意味を考えてみることにします。 スマートフォン搭載のカメラで気軽に写真撮影ができ、共有も簡単な現在、画像はデータ保管のうえプリントすることも少ないため、「画像の保管はお金がかからない」という感覚になっています。そんな、この10〜20年でめまぐるしく進化した写真技術とカメラが、本格的に大衆化したのは戦後のこと。 ── 前記事では、太平洋戦争直前に発売された「カラーフィルム」の変遷をたどりましたが、今回は「カメラ」です。
一説には9世紀に遡るカメラの歴史
そもそもカメラは、窓のない暗黒の部屋の壁面に小さな穴を空けると、反対側の壁面に外の景色が映し出される……という古くから認知されていた現象・原理を応用したもの。これをラテン語の「カメラ・オブスクラ(camera obscura)」=「暗い部屋」と呼び、日食などの観察、絵画の下絵を描く目的に使われました。その起源ははるか昔、一説には9世紀に遡るとも言われています。
その後、小穴の代わりにレンズが使われるようになり、1839年にはフランスのダゲールが初の実用的写真術「ダゲレオタイプ」を発表。「ダゲレオ」という言葉を耳にした方がある方は、おそらく黒沢清監督の映画『ダゲレオタイプの女』(2016年)によるものかもしれません。そしてその後、カメラは写真とともに発展していくことになります。
日本初の量産カメラは明治36(1903)年発売
日本でも幕末期からカメラが作られるようになっていきます。坂本龍馬のあの有名な写真が撮影されたのも幕末期ですね。そして、1903年にチェリー手提暗函(アマチュア用ボックスカメラ)が工業生産され、これが日本初の量産カメラ第一号に。現コニカミノルタの前身・小西本店で作られたもので、フィルムではなく、感光材料をガラス板に塗って写真を定着させる乾板カメラでした。
チェリー手提暗函のお値段は2円30〜50銭。ただしコーヒー1杯が3銭の時代ですから、現在の価格では2万~3万円くらいの感覚。とんでもなく高価でなかったこともあり、カメラはアマチュアにも広く普及しはじめます。
コンパクトカメラからデジタルカメラ、スマホ搭載カメラに
その後、写真フィルムが一般化し、コンパクトで手軽に写真が撮影できるカメラが普及しはじめます。戦後初の国産カメラ千代田光学精工(株)製の「ミノルタ・セミP」は1953年の発売。当時のお値段で1万950円でしたので、現在の紙幣価値に変換すると10万円以上の感覚といったところでしょうか。
1960年代以降、露出やピント合わせが自動化され、構図を決めてシャッターを押すだけで写真が撮れる……そんなスタイルが当たり前の時代が幕開けします。さらに、カメラとレンズの一体化でよりコンパクトになり、1979年に発売されたオリンパス製のカプセルカメラXAの価格は3万2800円でした。
カメラのお値段の変遷=社会の変化
前記事でも少し触れましたが、「使い捨てカメラ」の「写るンです」は1986年に発売されたもので、当時のお値段は500円ほど。ただし、これは現像所や街のプリントショップにネガを出さなければいけませんので現像代がかかりましたし、友人に焼き増しを頼まれて思わぬ出費を強いられた思い出を持つ方も多いことでしょう。そういえば当時、あちこちで見かけたプリントショップも今ではめっきり目にしなくなりました。
続きは会員限定です。無料の読者会員に登録すると続きをお読みいただけます。
- 会員登録 (無料)
- ログインはこちら
関連記事
2008.09.26
2010.04.20