/自分なんて地平線と同じ。いくら探したって、見つかるわけがない。これまでの二十年間がまっすぐ、これからの五十年間に延長していると考える方がおかしい。むしろ、これから仕事、貯金、結婚、出産、転勤、教育、病気、介護など、経験したことも無い出来事が襲いかかる。そこで、どんな自分になりたいのか、そんな自分に、その会社に入ってなれるのか。分析というより、決断だ。/
自分がどんな人間であったのか。それは無視はできない。だが、より重要なのは、最終的に、どんな人間になりたいのか。五十年後、七十歳のとき、どんな人々に囲まれ、どんな生活をしていたいのか。そこから逆算して、これからの五十年の間に、どんな会社、どんな仕事、どんな経験を積んで行くべきなのか。たった五十年。五十回の春、五十回の夏、五十回の秋、五十回の冬。いいことばかりとはいくまい。面倒や事故、不幸や災害もあるに決まっている。だから、それらへ備えもして当然。こんなギリギリの状況で、とりあえずみんなと同じ人気企業へ、などと寄り道をしている時間の余裕は無い。
自己分析、というが、ほんとうは、厳密な意味での帰納法的な「分析」ではない。むしろ決断だ。仕事、貯金、結婚、出産、転勤、教育、病気、介護、などなど、これまでの二十年間には経験したことも無いさまざまな出来事が山のように襲いかかる。会社選びは、これらすべての問題とのバランスによってのみ決まる。一口で飲み終わる缶コーヒーを自販機で選んでいるのとはわけが違う。むしろ自分選びだ。何かを得るために、別の自分を捨てることだ。どんな自分になりたいのか、そんな自分に、その会社に入ってなれるのか。選ぶのは会社ではない。君が人生を選ぶ。
(大阪芸術大学芸術学部哲学教授、東京大学卒、文学修士(東京大学)、美術博士(東京藝術大学)、元テレビ朝日報道局『朝まで生テレビ!』ブレイン。専門は哲学、メディア文化論。)
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2015.07.17
2009.10.31
大阪芸術大学 哲学教授
美術博士(東京藝大)、文学修士(東大)。東大卒。テレビ朝日ブレーン として『朝まで生テレビ!』を立ち上げ、東海大学総合経営学部准教授、グーテンベルク大学メディア学部客員教授などを経て現職。