人は歳とともに自身の抱く目的の質とレベルに応じた人間になる。現状の自分より常に大きな高い目的を持って、それを目指していれば永遠に成長は続く。そして目的から得られる“やりがい”というエネルギーが、人を永遠に若くする。
◆「消費されない仕事をやりたい」
私の独立動機のひとつは───「消費されない仕事をやりたい」。
私は20代から30代にかけ、ビジネス雑誌の編集者として働いていた。ビジネス情報の記事づくりは仕事としては面白いが、積み上がっていく何かがない。あれが売れている、これがトレンドになるなど、時代の変化を追っていく刺激はあるものの、記事は常に「消費されていく」だけ。バブルが膨らんでくれば景気のいい話をどんどん書き、バブルがはじければ、今度は「誰が悪いんだ」とか「失敗の研究」という粗探しの記事を書く。
私はそうしたメディアの状況に辟易しはじめ、「消費されない仕事」って何だ?と考えるようになった。そんなとき目にしたのが中国の古い言葉だ───
「一年の繁栄を願わば穀物を育てよ。
十年の繁栄を願わば樹を育てよ。
百年の繁栄を願わば人を育てよ」。
……「消費されない仕事」とは、「人を育てる仕事」である! 自分が以降進むべき道に開眼した瞬間だった。独立して9年目を迎え、教育の仕事の「消費されない」ことの実感をますます強くしている。だが、ここ数年、次のフェーズに意識が動いてきた。
いま行っている企業内研修のように対面のサービスはリッチな教育が施せる一方、自分がどう頑張ってみたところで、1年間に出会える受講者数は限られている。しかも、研修の実施というのはけっこう重労働で、歳とともにそう多くをやれるわけではない。時空を超えて、より多くの人と考えることを分かち合えるメディア───その最適なものは、やはり書籍である。
書籍は個人の心の根っこをつくり、文化の大地となり、社会の気骨をつくる。政治家にせよ、企業家にせよ、その世界での野心家たちは「世の中を変えたい」と叫ぶが、たいていの場合、体制や法律を変えたり、新規の創造物(商品やサービス)を打ち立てたりすることでそれを実現しようとする。それらは必要なものであり、有効な手段ではあるが、あくまで“外側からの変革”だ。
結局、ほんとうに個人が変わる、社会が変わるためには、“内側からの変革”が欠かせない。そのための手立ては、一人一人が古今東西の良質の本を開き、書き手と対話し、自己と対話することだ。そうした地道な負荷の作業を怠れば、心は根無しになり、文化の土壌はやせ地となり、社会には骨がなくなる。ころころ変わる気分的な風に、人びとは右になびき、左になびく社会になってしまう。
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2009.10.27
2008.09.26
キャリア・ポートレート コンサルティング 代表
人財教育コンサルタント・概念工作家。 『プロフェッショナルシップ研修』(一個のプロとしての意識基盤をつくる教育プログラム)はじめ「コンセプチュアル思考研修」、管理職研修、キャリア開発研修などのジャンルで企業内研修を行なう。「働くこと・仕事」の本質をつかむ哲学的なアプローチを志向している。