トールサイズのコーヒーが560円。驚きの高価格だ。スターバックスのドリップコーヒーはトールサイズで340円。490円と定番メニュー中最も高価な「ダークモカチップフラペチーノ」と「コーヒージェリーフラペチーノ」の価格をも軽く上回る。そんな商品を提供する狙いは何だろうか。
5月17日付日本経済新聞のコラム「消費の現場」に、スターバックスの新展開が取り上げられていた。記事には「チェーン店でも個人経営の喫茶店のように、客が店員と話しながらコーヒーの知識を深められる。スターバックスがそんな店を3店作った」とある。そのうちの1店、記事にもあるのは、スターバックス日本1号店である銀座松屋デパートの裏手の店舗にも近い「銀座マロニエ通り店」。2階がソファー席も混じる広い客席であるが、1階は商品販売を中心とし、客席は少ない。その1階の片隅、フードのケース→注文レジ→ドリンク受け取りという一連のカウンターの末端に、小さな客席が新設されている。記事に「抽出の様子を見ながら客が店員と会話できるスペースをカウンター横に設けた」とある通りだ。記事には利用客の印象的なコメントが掲載されている。「“スターバックスリザーブ“のトールサイズ(560円)を注文した男性会社員(34)は“知識も深まるし、むしろ安いくらい”と話す」とある。
スターバックスには種々雑多な顧客が訪れ、思い思いに本や雑誌を読んだり、勉強したり、ケータイやスマホをいじったり、仲間と談笑したりしている。そして、総じて滞在時間は長めだ。スタバの来店客の滞在時間が長いのは、提供価値が「コーヒーそのもの」だけでないことを店も客も合意の上、成立しているからだ。単に1杯のコーヒーで喉の渇きをうるおし、一瞬のいとまを過ごすだけなら、コーヒー1杯200円のドトールコーヒーショップや、150円のカフェベローチェで十分だ。ショートサイズなら300円。トール340円也の対価は、ちょっとオシャレな店内やBGMなどの「店内空間」と、そこで過ごす「時間」にも支払われているのである。
では、「スターバックスリザーブ・トールサイズ560円」の対価とは何だろうか。
それは、「特別な豆や抽出方法を使ったコーヒーの味わい」という有形物だけではない。「抽出係のバリスタが独自の手法を実演しながら約3分間、来店客に説明する」と記事にあるように、「抽出の様子を見ながらの店員との会話」であり、「知識の習得」という無形の価値が含まれているのである。
飲料価格と価値の関係を考えてみよう。単に「喉の渇きをうるおす」というだけなら、ペットボトル入りのミネラルウォーターで用に足りる。価格は約100円だ。その「中核的価値」に、「おいしい」「炭酸でスッキリ」するなどの味やのど越しという「実体価値」が加わると、清涼飲料の150円という価格になる。50円分がプレミアムとして設定されているのだ。さらに特保飲料は体脂肪を燃焼しやすくするという魅力を高める「付随機能」としての要素を持っている。概ね価格は189円だ。ミネラルウォーターと147%の価格差があるが、それだけの価値が顧客から認められれば対価を得られるのである。
同様に、同じチェーン展開のドトールやベローチェのように「コーヒーを提供する」という「中核価値」だけであれば、150円~200円。店内空間という「実体価値」を提供することによって、スタバはショート300円、トール340円の対価を得ている。そして、スタバはさらに「店員との会話でコーヒーの知識を習得できる」という付随機能を持ち込み、トール560円という対価を得る戦略に出たのである。
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2015.07.10
2015.07.24
有限会社金森マーケティング事務所 取締役
コンサルタントと講師業の二足のわらじを履く立場を活かし、「現場で起きていること」を見抜き、それをわかりやすい「フレームワーク」で読み解いていきます。このサイトでは、顧客者視点のマーケティングを軸足に、世の中の様々な事象を切り取りるコラムを執筆していきます。