景気低迷による求人数減少という問題でなく、学生の就職内定率低下という問題でなく、その奥底に進行する「働くことを切り拓く力」の問題について考える。
T君はまったく素直な子である。挨拶もできる。こちらの言うことに集中もしているようだ。私のカップにお茶も注いでくれる。しかし、「何をやりたいか」「なぜやりたいか」「どうしたいか」という問いに対しては、頭がモヤモヤするだけで、返答が言語になって出てこない。「じゃ、休みの日は何してるの?」……友達としゃべってるとか、映画とかゲームとか、そんな返答だった。「最近観た映画の中で面白かったのは何?」……少しの間、考えているようではあるのだが、これと言って特に、と彼は口ごもってしまう。
話を切り替えて、「映画やゲームなどもどんどんネット上で売られていくね。そうしたコンテンツだってネット通販の時代になるね。関心はある?」……と訊くと、は、はぁ、とうなずくだけである。
T君は内定がとれない場合、卒業を延期して再度、新卒予定者として就活すると言っていた。ただし、親からの経済的支援が十分に得られないため、東京のアパートを引き上げ、実家の京都に戻っての就活となるらしい。
地元のハンバーガーチェーンでアルバイトでもしながら、というT君に私は、「京都に帰るのなら、農業だって選択肢のひとつかもしれないよ。農業と言っても、それを支える仕事の種類はたくさんある。君のところは京都でも栗や黒豆で有名な場所だし、志ある生産者はたくさんいるはず。そんな生産者の人たちに産直通販用のウェブサイトを作ってあげたらどう? 例えば地元のJA(農協)とかに、マーケティングのお手伝いさせてください!って手紙を書いて売り込むのも1つの手なんだよ。JAは表立って求人を出していないかもしれないけれど、ネット検索にかかる仕事だけが、この世の中の仕事じゃないんだ。選ぶ選択肢がなくなったんなら、選択肢をつくり出すことを考えなきゃね。アルバイトをやるにしても、マーケティング経験と仕事の実績ができるわけだからそっちのほうがずっといいんだ。正職員の道だって開けるかもしれないし」。……T君は、やはり、は、はぁ、とうなずくだけである。
T君の発想を刺激したり、考えを掘り起こすのを手伝ったりしようと、私はいろいろと話しかけてはみるのだが、どうも反応が薄く弱い。T君は不真面目でも、怠け者でもない。ただただ、自分の考えをどう起こしていいのか途方に暮れるのである。自分の想いというものを湧き立たせることができず口ごもるのである。そんな自分に対しT君は、「くそー、じゃぁこうやってやる!」と発奮するのではなく、「考えがいつまでたってもうやむやで情けない」と自己嫌悪になるのである。
次のページ私は何か不思議な生き物と遭遇している気分になった。
続きは会員限定です。無料の読者会員に登録すると続きをお読みいただけます。
- 会員登録 (無料)
- ログインはこちら
【働くことを切り拓く力】
2011.01.11
2011.01.11
キャリア・ポートレート コンサルティング 代表
人財教育コンサルタント・概念工作家。 『プロフェッショナルシップ研修』(一個のプロとしての意識基盤をつくる教育プログラム)はじめ「コンセプチュアル思考研修」、管理職研修、キャリア開発研修などのジャンルで企業内研修を行なう。「働くこと・仕事」の本質をつかむ哲学的なアプローチを志向している。