経営・ビジネスは「数」を追求する。その結果、さまざまな問題も起こってきた。そこに「美」という盾を持ったデザインが教育の角度からひとつの提起をする。
◆「数」の偏重を「美」はどう変えることができるか
そうした流れも踏まえ、いよいよデザイン学校の中にビジネススクールができた。中西氏は、開校記念のシンポジウムで「4つの人」を挙げた。
市場のメカニズム
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・「数の人」:売上、利益、規模メリット…
・「理の人」:理念、政策方針、行動指針…
・「目の人」:美、文化、感性価値…
・「愛の人」:人間愛、地球愛…ユニバーサル、エコロジー、サステナブルデザイン…
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社会のメカニズム
現状、ビジネス・経営は「数の人」が支配する世界となっている。それに対し、中西氏は、本課程で「理の人・目の人・愛の人」を育て、ビジネス界に輩出していきたい旨を語っている。カリキュラムをみると、その強い狙いと意志をもって開校したことがよく伝わってくる。
私個人は、たまたま、2つの大学院(ビジネススクールとデザインスクール)を経験しているので複眼的に見られるのだが、現状のMBA教育は確かに「数の人」養成のための偏りのあるプログラムだと思う。リーマンショックの原因となったマネー資本主義の暴走や環境問題の深刻化を考えるにつけ、誰しもが、このまま「数の人」にグローバル経済のマネジメントを任せていいのか、という疑心暗鬼がある。だからそのカウンター勢力として「理の人・目の人・愛の人」の台頭がビジネス・経営をどう変えていくことができるのか、私たちが期待を抱くのはその点だ。
しかし、ことはそう簡単ではない。ビジネスは基本的に「陣取り合戦」であり、そこを貫くのは経済原理(損か得か)である。ここで皆は、生きるか・生き残れないかの戦いをやっている。一方、アート・デザインは「表現活動」であり、そこにあるのは個々の主観的な美の価値である。美しいか・美しくないかが問われるものの、美しくなくとも生き残ることはできる(むしろ美しさ追求は生き残りに負担をかける)。強力で明快な経済原理に比べ、個々の主観的な美的価値はいかにも脆弱であいまいだ。「美でメシが食えるか」と言われてしまえば黙することしかできない。しかし、私たちは美(善を行うことも美の延長にある)を取り戻さねばならない時に来ている。
もとより中西氏は「4つの人」として区分けしたが、これは一人の人間が内包する4要素でもある。数の価値に偏重した私たち現代人の一人一人が、その内に、理の価値、美の価値、愛の価値を増幅させ、トータルなバランスを取り戻して、どうビジネスを司ることができるのか、そして社会がどれだけそうした聡明な人財を育めるのか、それが問われていると言ってもよい。ふり返ってみれば、渋沢栄一や松下幸之助、本田宗一郎など超一級の経営者は、数の人であるのみならず、理の人、美の人、愛の人であったのだ。
もし、このコースが、商品やサービスの見た目だけをうまく処理することを教える狭義のデザインの教育であるなら、今後のビジネス社会にとってあまり意味も影響もないだろう。私たちが求めているのは、中西氏が言うところの「数・理・美・愛」を広義のデザインを用いて統合する能力、それを一人一人のビジネスパーソンにリテラシーとして植え付ける教育なのだ。
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2010.03.20
2015.12.13
キャリア・ポートレート コンサルティング 代表
人財教育コンサルタント・概念工作家。 『プロフェッショナルシップ研修』(一個のプロとしての意識基盤をつくる教育プログラム)はじめ「コンセプチュアル思考研修」、管理職研修、キャリア開発研修などのジャンルで企業内研修を行なう。「働くこと・仕事」の本質をつかむ哲学的なアプローチを志向している。