小学教科書の検定結果が文科省より発表されました。 多くのメディアでは「ゆとり教育から転換」というタイトルがおどりました。 果たして子どもの学力は伸びるのでしょうか? 私見を述べるとともに、皆さんの「考える」キッカケを作れれば、と。
はい、僕もそう思います。
抽象的な、概念的な、「いかにも正しいコトバ」の上では。
でも、現実として、次の2点に目を向けることが大切です。
まず、教育に携わるものだけではなく、日本人には「マニュアルがないと動けない(動こうとしない)」人が多いと思いませんか?
「マニュアルを破ることは自分の失点となるから嫌だ」とか「マニュアルに従うとこんなに仕事がある!(だからもうこれ以上仕事はできない!)」とか考えたり、主張したりするビジネスマンも多いとは思いませんか?
…まあ、多くの方は「マニュアルがないと恐い」という肌感覚から動けなくなるわけですが。
証拠はありません。でも、様々な人から見聞きする結論として、確信に近く、こう感じています。
先生だって同じ、日本社会で生きる人です。
であれば、「先生」と言う職業全体で見れば、やっぱりマニュアルに従う方が動く人が多いと思うんです。
先生だから特別、ってことではなく。
もう1つ。
今の高等教育までで学習する教育過程では、どうしても「マニュアル通りにやること」が身についてしまうようになっていて、教職教育においても同じ、そして文科省からも結局「指導書」のような形で求められてしまいます。
「ゆとり教育」とそれまでの教育について、たとえを用いながら、苅谷剛彦教授が見事に『欲ばり過ぎるニッポンの教育』の中で語っていることが下記です。
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全国津々浦々、小学校だけで二万幾つ、小中学校合わせれば三万校もある学校で、全部で六〇万人いる公立学校の教師に、つまり、今までハンバーガーをつくっていた人に、高級フランス料理店の注文に応じた料理をつくってくれって言ったって、それは制度的にいっても無理ですよ。
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ハンバーガーはマニュアル。
フランス料理はオーダーメードを例えての言葉であることは言うまでもありません。
冒頭で、ある意味、突き放した、心のないような言葉
「(今回の改訂は)プラスにはたらくと思います。なぜなら“マニュアル”が分厚くなったんですから。」
から始めたのは、せめてこのサイトの読者の方に、現実を見て欲しかったからです。
「マニュアルに従うだけの教育はダメだ!個々人にあった教育を!」
という「いかにも」なキレイゴトと
「ゆとり教育反対!学習内容を薄くしてどうする!」
という「いかにも」なキレイゴト、どっちも受け止める方としては「そうだそうだ!」といいたくなるでしょうが、実はこの2つ、少なくとも「この言葉だけ主張する論者」が「同じ教育の現場」に両立しないのです。
マニュアルを否定し、教師の裁量を増やすのが、ゆとり教育の骨子なんですから。
何かと「ゆとり教育」だけで条件反射的に反論する方が大勢いらっしゃいますが、まずはこの骨子に着目して欲しいですし、そして
“あ~教科書厚くなったら、先生がマニュアル通りに教えれば学力伸びますよね~。現実的には、裁量がない方が、全体で見ると、いい教え方をする人が多いですから~”
といわれて、「ゆとり教育」に条件反射的に反対を唱える人は、本当にこれで納得するか、自分に問いかけて欲しいんです。
後半に続きます。
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