早稲田大学は7月10日、大隈小講堂で公開フォーラムを開催、テレビ朝日アナウンサーの角澤照治氏がスポーツ実況に10数年関わった経験を語った。[堀内彰宏,Business Media 誠]
あまり仲良くなり過ぎてしまうと、知ってしまうがゆえに僕も結構苦しんでしまう。「角澤さんだけに言いますけど、今日痛み止めを打っているんです」と言ってくれても、それは「放送のネタとして言っていいですよ」というわけではなく、親友として言ってくれているわけです。そういう葛藤があったりするので「親しくなりすぎるのも難しいなあ」と思いますが、親しくならないことにはその選手がどんな思いでピッチに立っているか、相撲の土俵に立っているか、プロレスのリングに立っているのかというのは語れないとも思います。だから、「親しくならなくては」とは思うのですが、僕はアナウンサーとして失格だなと思うのはその辺の折り合いがうまく自分で付けられないタイプだというところです。
当たり前のことを当たり前だと思わない
角澤 今ちょうどテレビ朝日の新人アナウンサー研修が終盤を迎えていて、講師を務めています。「教壇の上には机がいくつありまして」などと情景描写を1分間やらせたりするのですが、驚くのは「今日の空の色、何色?」と入った子たちに聞いてみたら答えられないんですね。それにビックリして、それがどこにつながるかというと「当たり前のことを当たり前だと思って生きているのかな」と思ったのです。
朝起きて、深呼吸もできたりして、花もきれいだったりして、街に出たら空気がおいしかったり、風がさわやかだったり、空の色がとっても青かったりとか、そういうとこって忘れているのかなと。「当たり前のことを当たり前だと思って生きていてはダメかな」と最近思います。今日自分は当たり前のように早稲田大学に来ているけど、その裏には両親が一生懸命生きてくれて、出会って、僕を子どもとして育ててきてくれたという当たり前のことがある、日本がこれをもって平和というか分からないですがこういう社会であるということがある、そんなことも含めて「当たり前のことを当たり前だと思わない」というところにアナウンサーとしての出発点がある気がすると僕は思います。
「アナウンサーは五感が必要だ」と言われます。「常に五感を通じて時代にアンテナを張りなさい」ということを新人のころから先輩に言われ続けてきたのですが、その根底には自分が今生きていることとか、ここに座っていることが当たり前だと思わないことがあるのかなと思います。新人のころはいまいち響かなかったのですが、今教える側になってみると、「ああそうか。俺、当たり前のように会社に来ていたなあ。空の色にも気付かずに給料をもらって、会社と家を往復していたな」と思うのです。
アナウンサーに適している人とは
角澤 アナウンサーに適しているのはどういう人か。結論から言うと、これに正解はまったくありません。自分のことを振り返ってみても、その時テレビ局が欲しがっていた人材だったわけで、自分が開けた扉の中にいた面接官と自分の相性など運もかなり左右します。
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テレ朝・角澤アナが語る、スポーツ実況の内幕
2009.08.20
2009.08.18