『ブラック・スワン』というタイトルの本が話題になっていることをご存じだろうか。「長年の経験則が1つの例外でくつがえされてしまう」という内容なのだが、そこから見出せる人生哲学とは何なのか。[森田徹,Business Media 誠]
『ブラック・スワン』 ――本屋の投資本コーナーに足を運んでしまうような方なら、こんなタイトルの本が平積みになり、話題にもなっているということはご存じだろう。かくいう筆者も、本屋に行ったついでに珍しく衝動買いしてしまった。書いてある内容は既に知っていることではあるのだが、文学的に語られると面白く、自戒も伴うという話である。
黒い白鳥とは
ブラック・スワン(黒い白鳥)とは、我々の科学が通常用いている帰納的方法論への挑戦だ。あるいは、我々の日常生活における偏狭な“常識”というものをあざ笑う存在でもある。
オーストラリアで発見されるまで、旧世界の人たちは白鳥と言えばすべて白いものだと信じて疑わなかった。経験的にも証拠は完璧にそろっているように思えたから、みんな覆しようのないぐらい確信していた。はじめて黒い白鳥が発見されたとき、一部の鳥類学者(それに鳥の色がものすごく気になる人たち)は驚き、とても興味を持ったことだろう。(ナシーム・ニコラス・タレフ著、望月衛訳『ブラック・スワン(上)』P3、ダイヤモンド社刊)
つまり、今までの何百万羽という観察の結果が、たった1つの例外でくつがえってしまうということだ。帰納的方法論の致命的欠陥である。
同書では「異常であること」「大きな衝撃があること」「後から説明をでっち上げることが可能であること」の3つに当たる事象を“黒い白鳥”として扱っている(今回の金融危機もそれに近い)。著者はクオンツ(※)出身なので、金融工学が頼りとする仮定(対数正規分布など)への批判を中心に話は進んでいくのだが、ここでは経済や投資の世界を離れて、“黒い白鳥”の思考方法が我々の日常生活の意志決定にどのように生かせるか考えていこう。
(※)クオンツ……高度な数学的手法を用いて、市場を分析したり、投資戦略や金融商品を考案・開発したりする専門家のこと。
意外と通用しない我々の経験則
我々は日常生活においても、科学的なアプローチにおいても、しばしば滅多に起こらないことが結果に与える効果を無視しようとする。
例えば計量経済では、前処理としてしばしば異常値を取り除いてから計算し、計算式でも小さな変数を取り除いたりする。そうでないと経済モデルの説明度が下がってしまうし、異常値が異常値である理由も考えなくてはならないからだ(それでは論文提出の期限に間に合わない!)。
科学の世界でさえ、物事は“普通のこと”にある程度純化された上で考えられ、“普通の時”にあまり目立たない要素は省かれる。大数の法則※が成り立たないような日常生活でも、我々は普遍性を持ち込み、シンプルなモデルを勝手にでっち上げて、黒い白鳥の存在を忘れてしまうのは仕方がないのかもしれない(筆者の悪い癖でもある)。
※大数の法則……ある試行を何回も行えば、確率は一定値に近づくという法則。
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