幸せに溢れた社会になるには、多くの社会の成員の協力が不可欠です。 中でもとくに、「これから」を作る子ども達の積極的な参加は大切です。 だから「教育」には、大人社会が労を厭わず、積極的関与をしていかなければいけないと思っていますし、生業として教育産業を選んでいる自分は、人一倍の関与をしていきたいと思っています。
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の話題を元に、本サイトの読者層に合わせた形で修正しております。
「教育」といっても、手取り足取り…のようなことは必要ないんです。
誠実に、真摯に、真っ直ぐに、頑張っている、大人社会の存在を、子ども達に気づいてもらえればいいんです。
一方で、これからの「幸せ」について、不安を抱いていない子ども達が日本中に溢れているかというと…主観の中で「溢れている!」と断言できる方は、今の日本社会ではほとんどいないと思われます。
「閉塞感」「老後の心配」「物価高」…そういう文字ばかりがメディアにおどっていますからね。
それそのものを表現する、事実として伝えるのは大切なことなんですが、その一方で子どもたちに「ガッカリ感」を与えすぎないような配慮も、大人社会では必要なんですけど。
では、子ども達が「幸せ感」を感じ、かつ、大人になっても幸せな人生を歩むには、どんな大人社会を見せればよいでしょうかー?
まず大事なのは
「ズルしない大人たちがどんどんハッピーになっていること」
を全面に見せ付けることだと思います。
残念ながら、法を犯す「ズル」は記事になりやすいですし、正しく生きていることは記事になりにくい、という現実があります。
ある意味そういう報道の事実があるのは健全なんですよね。「正しく生きる」ことが特別扱いになり、衆人の目を引く「記事」になるような世の中になればオシマイ(苦笑)。
そんな記事ばかり目に触れた子どもはどうしても「ズルした人間が得するんだー」と思いがち。
だから、マスメディアには頼れません。なかなか。
じゃあ、子どもの身近にいる大人自身が見せ付ければいいじゃないですか。
ズルしない大人たちでもハッピーになっている姿を。
間違ってもズルしている大人の姿を見せてはいけないですよね!
昨日、今度子どもの入所を考えている保育園の運動会を見に行きました。
玉入れを一生懸命やって、勝ったチームが喜び、負けたチームも拍手する。
次の会は勝者敗者が入れ替わる、そして喜び、拍手するチームも入れ替わる。
最後にみんなで喜び合うー
ここにズルは一切なし。それでもみんなハッピーだ。
子ども達でもできるんですよ。なのに大人ができないわけないじゃないですか。
凡人である僕達自身が、ハッピーであること。それを子どもに見せていくこと、まずは何よりも大切ですよね。
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