8月5日付日経MJに注目すべき2つの事例が掲載されていた。ミツカンの「ぽんジュレ香りゆず」と、キリンビールの「アイスプラスビール」だ。いずれも話題の商品だが、その開発の背景に注目してみたい。
■チャレンジャーの戦略:キリンビールの「アイスプラスビール」
キリンビールの「アイスプラスビール」は「氷を入れたグラスに注いで飲むビール」だ。7月に発売を開始したが出足好調であるという。
ビール、発泡酒、第3のビールを含めたビール系飲料のシェアは、近年アサヒとキリンがトップ奪取を繰り返しているが、「ビール」に関しては「スーパードライ」が牙城を築いて以来アサヒがトップを保っている。通常であれば、市場縮小で最も困るのはシェアが高いリーダー企業だが、僅差のシェアを持ち、市場が予想以上に急速に縮んで困るのはキリンも同じだ。記事には<ビール系飲料市場は若者のアルコール離れなどから6年連続で過去最低を更新。需要回復に向けた新たな切り口を求めていた>という開発の背景があるという。しかも、このビール、恐らくアサヒは決して作ることはできないのである。
アサヒが技術的に作れないのではない。これは、キリンがチャレンジャーの戦略である「理論の自縛化」を仕掛けているのである。
アサヒはキリンに圧倒的にビールのシェアの差をつけられていたが、1987年に「スーパードライ」を発売し、それまでビールの「うま味」や「コク」を訴求していたキリンに対し、「辛口」「キレ」という新しい概念をぶつけて消費者の関心を引きつけ、大成功を手にした。翌年、キリン、サッポロ、サントリーのビール各社も同様な切り口を持った製品を市場に投入し、「ドライ戦争」が勃発した。しかし、各社とも急速な訴求の方向転換ができずドライ戦争を制したのはアサヒであった。リーダー企業が今まで発信してきたメッセージと異なることを訴求し、方向転換を封じるチャレンジャーの戦略を「理論の自縛化」という。
その後、アサヒはビールではシェア1位となったが、キリンの復讐は発泡酒、第3のビールというカテゴリーが誕生したときから始まった。販売価格の低いカテゴリーの商品とカニバリゼーション(共食い)することを嫌い、アサヒはビール以外では積極的に「キレ」というキーワードを使っていない。それに対し、キリンは「淡麗生」などの商品で徹底して「キレ」や「スッキリ」を訴求しているのだ。シェア1位となったことで、逆に「理論の自縛化」をかけられたのである。
キリンビールが「アイスプラスビール」で仕掛けた「理論の自縛化」は、その味だ。記事には<氷を入れれば味が薄まるため、まずは濃い味設計を目指した。だが、通常の濃いビールでは苦みを感じてしまう>そこで、「甘み」を出す工夫をしたとある。<最終的に「エール」と呼ばれる、英国で親しまれるタイプの発酵法を採用し、甘く複雑な香りを強調した>という。つまり、「キレ」や「スッキリ」とは全く異なる方向性だ。
氷を入れて飲むビールは過去にサッポロビールも開発している。1988年発売の「オン・ザ・ロック」。氷に負けないアルコール度数9%というパンチの効いた商品だった。冷蔵庫で冷やしていなくても、氷に注げば冷え冷えで飲めるというメリットも訴求したが市場に定着するには至らなかった。しかし、2009年以来のハイボール人気、氷を入れて飲む「かち割りワイン」も居酒屋では人気を集めている。記事には<日本酒に氷を入れて飲むスタイルが拡大しているのに着目>したという背景もある。キリンビールの「アイスプラスビール」は市場の追い風をリーダーが受け止められない好機を活かした商品なのである。
戦いには「定石」がある。もちろん、「勝負は時の運」という言葉もある通り、いつも定石通りに行くとは限らないが、自らの状況を打開する策が見えてきたり、相手の出方がわかったりする場合もある。今回の2つの事例以外にも、市場ポジションを活かした戦いは展開されている。そこから自社のポジションに適合したパターンを学ぶこともいいだろう。
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2015.07.10
2015.07.24
有限会社金森マーケティング事務所 取締役
コンサルタントと講師業の二足のわらじを履く立場を活かし、「現場で起きていること」を見抜き、それをわかりやすい「フレームワーク」で読み解いていきます。このサイトでは、顧客者視点のマーケティングを軸足に、世の中の様々な事象を切り取りるコラムを執筆していきます。