子どもには、恥ずかしい思いをしてもらうことも必要です。 そして、しばらくしてから、温かく迎え入れることも大切です。 恥ずかしい思いをする経験が足りないと、衝動的に自死を選んでしまうことになりかねません。。。
とはいえ地域社会の力は、もう日本の社会ではなかなか期待できるものではありません。
もちろん地域社会がしっかりできているに越したことはないですけど、「地域社会での浄化能力ありき」で物事を考えると多くの場合に適用できないですし、「昔はよかった」議論もやってはいけません。
代替案を考えなきゃ、ですね。
地域社会ではなく、「恥ずかしい」という思いを経験することがありつつ、かつその少し後に温かく迎え入れてくれる場…
自分の過去に照らし合わせると、「習い事」の場所がその1つだったと思います。
書道を習っていたんですが、筆でいたずらすると注意されました。
そろばんも習っており、隣の子にちょっかいかけては相手にされなくなったり。
そんな経験って大事だったんですよね、多分。
今では、多くの子どもが塾に通っています。
塾が「場」の役割を果たすことができるかもしれません。
そして、勉強だけが判断基準ではなく、「恥ずかしい」を体験させる方が、実際にはいい教育ができるかもしれません。
しかし、「お子さんの躾もしますよ」という宣伝文句では、塾に人気がでません。
なんだかんだで親御さんは、「学力」を「他の力」以上に伸ばして欲しいんですよ、何よりも(教育業界にいて肌で感じます、その本音を)。
学力をつける前に、しなければいけないこと、たくさんあります。
学力をつける前に、することをしていないと、後々不幸になります。
その一つが「恥を知る。」ということなのかもしれません。
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