ものやサービスの値段は時代によって変わるものです。 「高い」「安い」の基準になっている貨幣の価値も時代によって大きく変わります。今回も、さまざまな分野のものやサービスの「お値段」を比較していきましょう。今回は、日本語ワープロがテーマです。 西洋でタイプライターの原理が発明されたのは18世紀のはじめ。本格的に商品化されたのは19世紀末です。一方、日本で和文タイプライターが発明されたのは、意外と早く大正4(1915)年で、日本語ワープロが発売されたのは昭和53(1978)年のこと。 今回は、「日本語を変えた」ともされるワープロの歴史と価格の変遷を簡単にふりかえっていきましょう。
1978年に東芝から発売されたJW-10のお値段は、なんと630万円。
ただし当時のオフィス用のミニ・コンピュータのお値段が1000万円台だったことを考えると、これは劇的なコストダウンでした。
大きさは表示モニターとキーボード、本体のセットは小さめの事務机ほど。こうした大きさから、個人のユーザはほとんどいなかったようですが、JW-10はこの年に160台が売れたといいます。
膨大な数の活字と人員、印刷設備がなくても、日本語を個人で入力でき、画面で編集・保存ができ、印刷までできるという機械は画期的なものでした。手書きの文字は、個人の癖がどうしても出てしまい読みにくくなることもありますが、規格化された文字は、情報の効率化という点では飛躍的に優れたものでした。
2000年には、新機種が作られなくなるものの……
さて、日本語ワープロはコンピュータとは独立した日本語入力機械として独自の進化を遂げ、普及し始めることになります。代表的な初期のワープロの価格を一部列記すると、
●1979年 書院WD-3000(シャープ)……295万円
●1980年 キャノワード55(キャノン)……260万円
●1981年 オアシス100J(富士通) 159万円
文作くん(JDL)……138万円
●1982年 マイオアシス(富士通)……75万円
●1985年 オアシス100G(富士通) 16万4000円
上記のようにどんどん価格が下がって、企業だけではなく個人もワープロを使い始めました。20万円前後でワープロを購入した覚えがある方も多いことでしょう。その後、技術革新が進につれて小型化され、住所録を管理して年賀状を印刷できる機種やモデムにつないでパソコン通信ができる機種も現れました。
2000年以来、新機種がなくなったワープロ専用機
しかし、1990年代後半になるとパソコンのスペックは飛躍的に上がり、日本語入力はパソコンのワープロソフトを使って入力するといいう方法が主流となっていき、ワープロ専用機は2000年を最後に新機種は発売されなくなりました。ただし、専用機を愛用するユーザもまだ多く存在し、メンテナンスなど行う業者もまだまだあるようです。
パソコン文書作成ソフトの多くが、もともと欧文仕様を日本人向けに改良していることもあって、縦書きの文書を作成する際、いまだに不便もあるようです。そのためか、ワープロソフトには原稿用紙そのものの仕様で文字を入力できるものがあり、年配の文筆家や作家の多くが、まだそちらを重宝しているようですね。
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