「奇策」を「ただの奇策」で終わらせないキャンペーン設計とは?

2010.02.03

営業・マーケティング

「奇策」を「ただの奇策」で終わらせないキャンペーン設計とは?

金森 努
有限会社金森マーケティング事務所 取締役

 あらゆる業界で競合環境が熾烈を極めている。さらに拍車をかけているのが「比較サイト」の存在だ。

 比較サイトの登場で、消費者がインターネットを通して企業と同等の豊富な商品情報を取得できるようになり、情報格差が解消。購入の際に不利益を被ることがなくなった。「情報の非対称性」の解消の一例だ。
 しかし、実際には、非対称は売る側と買う側の立場が逆転したのが今日だともいえる。商品価格の比較が容易になり、消費者は最安値の提供先から商品・サービスを購入する。それは、販売元の企業は自らも知らない相手との競合にさらされていることを意味する。

 掲載されている価格比較サイトを意識しつつ、競争に勝つために最安値を提供し続ける。しかし、あるときふと気付く。消費者は常に「最安値」を提供している先から購入しているだけで、自社の顧客として囲い込めてはいないのだと。
 全ての業種・業態が同様な状況なわけではない。しかし、差別化が難しく、購入頻度が高い商品・サービスほどこの傾向は顕著だ。
 そんな業界で「奇策」とも思える打ち手に出た企業がある。高速バス「VIPライナー」を運行する「平成エンタープライズ」だ。

 1980年代から主要都市間を結ぶ移動手段として、価格の安さを武器に利用者を拡大。90年代後半に競争激化と需給バランスの不均衡で淘汰を経たが、2001年2月の道路運送法が規制緩和。バス事業が免許制から許可制への移行され、新規事業者が参入。新規路線開設も相次ぎ価格競争と車体・客席の乗り心地向上といった生き残り競争の時代に突入する。
 現在、高速バスの最安値はインターネットで検索すれば、数多くの比較サイトを見つけることができる。そこでの最安値は、例えば2月中・東京~大阪が3,500円である。新幹線のぞみなら、14,050円。実に4分の1だ。

 その東京~大阪を「ワンコイン・500円」で提供するのが平成エンタープライズ社だ。
仕掛けは、Webサイトのオフィシャル予約ページで突然発表される「10席限定シート」であることだ。バスのシートタイプは選べない。恐らくは全体の予約状況を見て、どのタイプをキャンペーン対象の限定シートとして10席確保・公開するのかを調整しているのだろう。「なんだ、キャンペーンじゃん!」とはいえ、予約が確保できれば500円で大阪まで行けるのだ。最安値の7分の1。新幹線の28分の1!である。

 頻繁に該当路線を利用するが、乗り心地重視で車種やシートタイプをご指名するお得意様はターゲットではない。まずは比較サイトを探してみる人。そんな人も、うまくすれば500円の席を確保することができるとすれば、比較サイトの前にちょいっと、平成エンタープライズのオフィシャル予約サイトをのぞいてみるだろう。
 サイトを見てもらう効用はもう一つある。同社は、例えば激戦区の東京駅八重洲口では駅に横付けする停車場を確保することはできていない。駅からほんの2分ほどの場所だが、離れたところに乗り場がある。バスの車体・ロゴなども認知されていない。ましてや、どこから乗ればいいのかもわからない。それを知らしめることができるのである。
 AIDMAがしっかり完成している。
 ・Attention(認知)=こんなバス会社あるんだ。
 ・Interest(興味)=おもしろいキャンペーンやってるな。
 ・Desire(欲求)=500円安い!通常価格も結構安いな。
 ・Memory(記憶)=とりあえずブックマーク。
 ・Action(行動)=予約を入れよう!
 やがて、「いつも最安値じゃないけど、ここもかなり安いんじゃないか?」と思う。何度も500円席を探してサイトをのぞきに来ているうちに「まぁ、ここでもいいっか!」と思う人も出てくる。利用してみれば、なかなか快適。リピートする。囲い込みである。
 実は、関連商品のクロスセルやっている。出張手当を割安にしようと利用した顧客に、「プライベートの旅行でもどうですか?」とWebサイトではバス利用の格安旅行などもしっかりと訴求している。

 激しい競争の中、どうやって消費者を振り向かせるかはあらゆる企業が腐心しているところだ。しかし、安易に「キャンペーン」という奇策に出ても、それ以降の設計ができていなければ、一過性に終わってしまう。
 後発マイナー高速バス会社である平成エンタープライズ社のキャンペーン~囲い込み・クロスセルまでの設計は注目に値する。

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金森 努

有限会社金森マーケティング事務所 取締役

コンサルタントと講師業の二足のわらじを履く立場を活かし、「現場で起きていること」を見抜き、それをわかりやすい「フレームワーク」で読み解いていきます。このサイトでは、顧客者視点のマーケティングを軸足に、世の中の様々な事象を切り取りるコラムを執筆していきます。

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